拾参 秘密 「……ん…」 「起きたか」 目を開けると辺りは暗くて、燈籠の淡い光が斎藤を照らしていた。 「…!今何時…!?」 「もうとっくに日は落ちた」 「……うそ…」 思わず唖然とする。 広間で朝ご飯を食べていた時までの記憶はある。だけどそこからの記憶は皆無。 目の前で静かに私を見る斎藤はいつもどおりの無表情だが、心なしか怒っているように見えた。 「よく寝ていたようだが、気分はどうだ」 「……だいぶすっきりしてる」 「そうか」 というか、なんで斎藤がここにいるんだろう。それ以前に、私はどうやって自分の部屋まで来たんだろう。斎藤が怒っているように見えるのは、もしかして迷惑をかけたからか、それとも一日仕事をさぼって寝てしまったからか…。でも、もう寝てしまったものは手遅れだ。 「さ、斎藤…。仕事、一日さぼって申し訳ない。それから、迷惑かけたことも」 「……何故俺に謝る」 「いや、なんか斎藤怒ってるみたいだから…」 頭を下げると斎藤は呆れたように溜息をついた。 「…別に怒っているわけではない」 「そ、そうなのか?」 「俺は、お前が無理をしたことのほうが気掛かりだ」 「……へ」 間抜けな声を出してしまったが、斎藤の瞳は真剣で…。 「…心配してくれたのか?」 「……!」 斎藤は目を見開き、目元を染めて、 「……し、仕事に差し支えるからだ…!心配など、した覚えはない…!」 焦ったような口調で言った。 口ではそんなことを言っているが、斎藤が私を気遣かってくれたことは伝わる。 「ありがと、斎藤」 「……っ」 素直にお礼を言うと、斎藤はさらに顔を赤くした。 なんだろう、なんだか斎藤がものすごくかわいい。だけど、言ったら怒るだろうから口には出さないでおく。 「じゃあ俺は土方のところに謝りに…」 「待て」 襖を開けて部屋から出ようとした時、斎藤に腕を捕まれた。 「その前に、ひとつ聞きたいことがある」 斎藤の顔は打って変わって真剣で、思わずごくりと喉が鳴った。 「…靂、お前は女子ではないか?」 腕を捕まれたまま、瞳を覗き込まれながら問われた。瞳にはその者の心が宿ると言う。言い逃れができないことは、わかっていた。 「…よくわかったな」 「…!やっぱり…」 自嘲気味にふっと笑うと、斎藤は信じられないといった顔をした。 私は声のトーンを本来のものに戻す。 「信じられない、って顔ね。貴方が言い出したんでしょう?」 「…っ、靂…」 「もともと変装は得意なのよ。まさか最初に気づかれるのが貴方だなんて。左之や総司にもばれていないのに」 柔らかく微笑むと、斎藤は動揺しつつも頬を染めた。本当に、よく赤くなる人だ。 「靂、という名は本名か?」 「もしかしてここで言わせるの?……舞希、よ」 「ほ、本当に、女子なのだな」 「何度も言わせないでよ。もしかして、女に見えないかしら?」 「い、いや……そうではない。お前は本当に強いからな…捕物や巡察の時も、躊躇なく切り掛かっていた故」 「女だって度胸はあるのよ。そのへんの女の子と一緒にしないで」 不機嫌さを顔に出すと、斎藤はふっと笑った。 「なに?」 「いや、やはりお前は靂なのだな、と」 「え?男っぽいってこと?シバくわよ」 「そういうところが、だ」 斎藤はまた笑った。その笑みはあまりに優しくて。気づいた時には、私の身体は斎藤の腕につつまれていた。 「…え……斎藤…?」 「…すまない。しばらく、こうさせてくれ」 抱きしめられている、と認識した途端、手のやり場に困る。 鼻先をくすぐる匂いも、柔らかな温もりも、斎藤が近いという事実を明確に表していて。 私の身体を抱きしめたまま、斎藤は静かに口を開く。 「…舞希、お前が女子だと知って、正直ほっとしている」 「どうして?」 「俺の気持ちが、間違いではなかったとわかったからだ。俺がお前に感じる気持ちが、素直に表現できる」 「…男じゃ駄目だったってこと?」 「ああ。俺は、お前をこうして抱きしめたかった。…ずっと」 燈籠が仄かに灯った部屋で、開けかけた襖の間から差した月明かりが燈籠の淡い光と混ざり合う。 静かな声音で話す斎藤にただ抱きしめられている私の心に、彼の言葉のひとつひとつが落ちてくる。普段無口な斎藤が紡ぎだすそれらは、とても愛おしさと優しさに溢れていた。 私は鬼の身で、しかも宮崎の生き残りだ。好きな人…ましてや人間と共に生きることはできない。 宮崎の血筋は、追われる立場だから、逃げながら生きなければならないからだ。 本来の私に戻れば、ばれてしまう。 「斎藤、私のことそんな目で見てたのね」 「…幻滅したか?」 「いいえ。びっくりしただけよ」 「総司や左之も、同じだろう」 「そっちには薄々気づいてた。男の私にそんな目を使うなんて、ありえないと思っていたけど」 「お前には男だということが関係なくなるくらいの洗練さがあるからな」 「洗練さって…もしかして、気づかれてるのかしら」 「それは……本人にきいてみないことには」 「きいたらきいたでばれそうだから、黙っておくわ」 「そうしてくれ」 斎藤は、さらにぎゅっと私を抱きしめて、それから名残惜しげに私を解放した。 「斎藤、この件は内緒にしておいてくれ。俺はまだここでやらなきゃならないことがあるし、千鶴を置いていくわけにはいかない。知られれば、俺はここを出なきゃいけなくなる。それは勘弁だろ?」 「…ああ。わかった、……」 「俺は靂だ。二人きりの時以外は、今まで通りで頼む」 「…そうか。約束する、靂」 月明かりが闇夜を淡く照らす夜、私と斎藤は秘密を共有した。 [*前へ][次へ#] [戻る] |