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第四講 知らねーかんな


「…ふあぁ…眠…」

いつものことだった。舞希はあくびをしつつ朝のホームルームに出る。ただ、俺は彼女の微かな違いに気づいていた。

「あー、今日の5、6時限目は、俺の現国とロングホームラン(LHR)潰して体育に変更っつーことで」

いよいよ迫ってきた球技大会の練習のためだ。連絡をクラスに伝えはしたものの、多分目の前の舞希の耳には入っていないだろう。睡魔との闘いで精一杯なはずだ。

あまり気にかけるほどでもない。

俺はこの時は舞希の違和感を対して重くは受け止めなかった。







購買部でパン4つといちご牛乳を買って、準備室へ戻る。時々早弁する舞希は昼休み暇になるようで、ここによくふらりと現れるようになった。

そのせいか、俺は舞希のいるこの部屋で昼を食べるようになった。理由は俺にもよくわからない。

ドアを開けると舞希はいつもの事務椅子に座っていた。目は閉じ気味だが寝ているのかは定かではない。

「おい、宮崎」

声をかけるとうっすら目を開けた。

「あ…先生」

「お前…大丈夫か」

いつもより定まらない視点がうかがえ、気になっていたことを口に出す。

「え…?」

「明らか調子悪いだろ。顔色よくねーぞ」

「や…眠いだけで」

「嘘つけ」


朝より顔が青ざめているのがよくわかる。


「大丈夫です…最近寝不足が続いてるだけなんで…」

「ちゃんと寝ろよ。だから授業中舟漕ぐんだろーが」

「違います、授業がつまんないんですよ…」


俺はヤキソバパンの袋を開けつつ、舞希の声を聞く。
強気な言葉にもやはりハリがない。
恐らく舞希も自身の変化に気づいてはいるだろう。しかし、肝心な時に己の身体を労るとか、そういう精神を持ち合わせている気配は全くない。

俺は小さく溜息を吐いた。

「宮崎、5、6時限は休んどけ」

「え、でも…現国とHRが…」

「めんどいから体育に変更にしたんだよ。どっちも俺の授業だろーが。球技大会だっけ?アレの練習にもなるだろ」

つーか俺朝言ったんだけど、そう嗜めると、


「すいません…多分聞いてなかった…です」


予想どおりの答え。


「…つーわけだから、お前はこのまま保健室。寝て今日はさっさと帰れ」

「え、ヤですよ。練習出ないと…それに部活もあるし…」

「俺知ってんだぞ、お前今日早弁してねーだろ」

「え、あ…食べる気しなくて…」


じつは勘である。

この顔色で昼なんて食べられるワケがない。

俺はもう一度溜息をついた。

「…お前なあ、それ思いっきりバテてんじゃねーか。無理すんな。ぶっ倒れるぞ」

「…大丈夫、です」

「大丈夫に見えねーから言ってんだろーが。体育は止めとけ」

「平気、ですっ」


舞希は強がって立ち上がった。が、その足元は頼りなく、舞希は顔を一瞬を歪めた。

「それみろ、フラフラじゃねーか」

「気のせいです。…着替えるんで失礼します」

遠ざかる舞希の背中。強がりな彼女は言っても効かない。


「あ〜あ…俺知らねーかんな」


ぽつりと呟いて、ヤキソバパンにかじりついた。








「え〜じゃあめんどいんで各自球技やるよーに」

白衣のままの先生のその一言で3Zの各々はがやがやと動き出した。

場所は体育館。他のクラスは教室にてきちんと授業&HRなので貸し切り状態だ。

とりあえず体育館に半分ずつ、バレーボールとバスケのコートが用意された。しかしルールなど皆無、男女混合人数バラバラといういい加減さ。要するに審判ナシの体育はただの遊びと化していた。

あたしは神楽とお妙さんとともにバレーボールのコートにいた。
近藤さんに一方的にスパイクをぶつけ続けるお妙さんと、ネット越しに延々と白熱したラリーを繰り広げる総悟と神楽。
めちゃくちゃだがこのクラスの身体能力の高さには目を見張るものがある。

空中を飛ぶ複数のボールを目で追う。


(…頭、痛い…)


朝からあった微かな頭痛が酷くなった気がする。だけど、さっき銀先生にあれだけ言われておいて、今さら保健室に行くなど気が引けた。

「…、舞希!」

「えっ!?」

総悟との対決にキリがついたのであろう神楽があたしの顔を覗き込んでいた。

「舞希、大丈夫アルか?顔、真っ青アル…」

「あら…本当。舞希ちゃん、休んでたほうがいいんじゃないかしら」

「…え、だ、大丈夫…ちょっと寝不足なだけだから」

心配してくれた神楽とお妙さんに笑いかける。
寝不足、忙しさから来る疲れが重なっているだけだ。

あたしはゲームを続けるべく、正面に向き直した。桂が打ったレシーブ。ふわりと飛ぶバレーボール。と、宙を昇るそれが遠くなった。


ぐらりと傾いた身体。

落ちていくような感覚。


「…っ舞希!?」

「…!?」


神楽とお妙さんの驚きに見開いた目が、視界をかすめた。


ぽすん、と身体に衝撃を感じた時にはあたしはしっかりと抱えられていた。


「…だから無理すんなっつっただろーが」


固い床ではなく、たくましい腕があたしを支えていて、銀先生の顔が上にあるのを確認してから、あたしはやっと自分が倒れたのだと気づいた。眉を歪め、あたしを見下ろす先生。

(怒ってる…?)

頭を掠めた思い。
だが、確認する体力はなかった。ガンガンと脈打つ頭。

いつの間にかあたしの周りには3Zのメンバーが集まってきていた。ざわざわと耳の遠くで声がする。

「舞希、どーしたんでィ?」

「黙っとくネドS!舞希、大丈夫アルか!?」

「どうかしたの?神楽ちゃん」

「新八ィ、舞希が倒れたアル!!」

「テメーら、あんまでけー声出すんじゃねーよ。宮崎、意識はあるみてーだな」

「…せ、んせ…?…」

「あーもう、しゃべんな」


ふわりと身体が浮いた。突然のことに驚く余裕もないようだ。
ずしりと重い身体とぼやけたままの視界。思考回路も麻痺してしまったかのようにはたらかない。

「銀ちゃん、舞希どうするアルか?」

「保健室に連れてく。テメーらは体育続けてろ」

ゆっくりとしたペースで運ばれていく振動と、先生の体温にただ身を委ねた。





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あきゅろす。
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