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第三講 問題あります。


「きり−つ、れい」

今日も、また一日が始まった。


昨日転入してきた舞希は、逆に不自然なくらいの早さでクラスに溶け込んでいた。

舞希についての噂は転入初日にもかかわらず生徒だけでなく教師内でも盛んだった。都でトップ中のトップ高校からの転入。入学テストで歴代の最高得点を5教科中3教科塗り替えた。
おまけにあの顔とスタイル、セーラー服がよく似合う雰囲気、そして芯の通った立ち居振る舞い。目を引き付ける要素テンコ盛り。


そんな誰に言わせても完璧な生徒が3Zに。


それでいてクラスにぴったり収まっている。

3Zにフィットしているということは少なからず、いや大分変人というか普通じゃないということで。


ようするに興味深い生徒として学校中で噂になっていた。


舞希は、薄紅色…桜色とでもいうべきか、ふっくらした唇と大きな瞳を縁取る長い睫毛、きめ細やかな白い肌、日に透けてきらきらと靡き輝く柔らかな栗色混じりの黒髪、白く長い脚…

他人の目をひくものを余るほど持っていたが、けして鼻に掛けたりなどはしなかった。


むしろ自身が注目を浴びているなどとは微塵も思っていない…というか気づいていないようである。


「宮崎〜」

「はい」


返事をした舞希は机に頬杖をついて俺に目を合わせる。目の前のため自然に抜けた上目遣いになる。この抜けた感じがなんともいえない。


「お前1時限目終わったら職員室来い」

「は、何で…」

「いーから来い」

目で訴え、ニタリと笑うとるとぐ、と押し黙り、

「…はあ」


返事らしからぬ返事をした。
舞希の怯むところを見るのは楽しい。









「…で、何なんですか」

1時限目終了後きっちりに職員室へやってきた舞希。


「お前、2時限目俺の机片付けとけ」


たっぷり3秒の沈黙。


「…は?」

「だから、片付け。俺の机」


ジャンプやらいちご牛乳のパックやらだれかのぐしゃぐしゃのテスト(採点途中)やらが芸術のように散乱している机を指さす。
舞希の顔が青ざめた。


「なんで…授業あるんですよ?」

「保健室で休んでるってことにしとくからよ。一時間くらいお前ならサボってもいーだろ」

「よくないですよ!!それに他の先生方もいるのに…」

「2時限目1・2年合同集会だから。3年は全部授業入ってるし」


つまり教師は職員室からすべてはける。
キャスター椅子で脚を組んだままニタリと笑う。
この顔で怯むのを知っている。


「冗談じゃないですよ…片付けくらい、自分でできないんですか」

「俺次授業入ってるから」

「そういうことじゃなくて!別に今じゃなくても…」

「おっともう時間じゃねーか」


問答無用で一方的に押し付ける。苦い顔でぐちゃぐちゃの机の前に佇む舞希。


「んじゃーな、キッチリやっとけよ」


盛大に顔をしかめている舞希にまたニタリと笑って職員室から出た。その足どりは、心なしか軽かった。












「おい」

俺は声をかけた主を見た。
返事はなし。
なんせ舞希は俺の机に伏せて爆睡していた。
机は見事に片付いている。
2時限目が始まって20分…よくもまああの状態の机をこの短時間で片付けたもんだ。

整理整頓された机と、がらくたでいっぱいのゴミ袋。
初日の授業から机で舟を漕いでいたらしい舞希。授業がかったるいのか、余裕すぎてつまらないのか、その両方かもしれないが舞希は授業中しょっちゅう爆睡モードに入るらしい(教師間での会話より)。


「どこででも寝んのかよコイツは…」


すうすう寝息をたてている舞希。気持ち良さそうに眠っている顔を見ていたら、なんだか腹立たしくなってきて、俺は舞希の肩を揺すった。


「オイ、宮崎」


軽く揺すったぐらいじゃ全く目を覚ます気配はない。さらに力を入れて揺らす。


「起きろ、宮崎」

「…んぅ、ん…」


唇から漏れた声に俺はぎょっと肩に乗せていた手を引っ込めた。それからはっと自分の反応にビビる。


(ま、待て待て待て、今のはただびっくりしただけで…別に舞希の声に反応したとかじゃなくてだな、アレだよ、反射だよ、反射!!あーでもなんかやけに甘かったような…じゃなくてさ!!)


一人でわたわたして、端から見れば変な人だが、そんなことにまで頭は回らず。


「…ん…あれ、先生…?」


絶妙なタイミングで目を覚ました舞希の声にまた飛び上がってしまった。


「え、ちょ、なんですか、そんなでっかい声出して…」

「な、なんでもねーよ、ただの反射反応だ!!!」


ばくばく煩く鳴る心臓を必死に静めようとするが時既に遅し。


「…顔、真っ赤ですけど熱でもあるんですか?」


首筋に触れた舞希の白い手。
その柔らかさに頭が一瞬ショートした。


「な、んなもんねーよ!!!テメーがなかなか起きねーから怒りで血が上ってんだよ!!」

「あ、そうですか。すみませんでした」


柔らかな手が離れる。触れていた場所が、やけにじんじんと熱かった。ごまかすためとっさに言葉を探す。


「…お、お前なんで俺の机で寝てんだよ!ここは職員室なの、わかる?」

「その職員室にあたしを監禁したのは銀先生ですけど」

「おまっ、人聞きの悪いこと言うな!!!」

「だってそうじゃないですか」

「…けっ」


しらばっくれるのが一番だ。


「あれ、そういえば先生授業は?まだチャイム鳴ってないですよね」

「テメーがちゃんとやってっか見に来たんだよ」

「やってましたって、ちゃんと。ほら、拭くのまでやったんですから」


埃っぽかった事務机が清潔感を漂わせているのは一目瞭然だった。


「…ま、60点ってとこだろ」

「…む」


ふて腐れる舞希。だれがどう見ても完璧なのに辛すぎる点をつけられて不満なのだろう。


「…先生もう授業戻っていいですよ。片付け終わりましたから」

「え、やだ。ダリィもん」


なんの気なしにさらりと言う。


「ダリィもん。じゃないですよ。今授業放置なんですよね?さすがにやばいですよ」

「あー今俺のクラスだから。放置したって問題ねーだろ」

「問題あります。いくらあたしたちのクラスだからって放置はだめですよ!あたしも授業戻りますから…」

「戻っていいってのは逆に言えば戻らなくてもいいっつーことだろ?」

「じゃあ前言撤回。戻ってください」

「ダリィっつってんだろ…」

「でもサボりはいけません」


頑固な舞希はなかなか引き下がらない。


「サボりって、オメーも俺と一緒にサボってんじゃねーか。現在進行形で」

「…っ」

舞希は悔しそうに整った顔を歪めた。こちらとて受けばかりではいられない。

「…これは先生が…」

「逃げられたのに逃げなかったのはお前だろ?俺は今までちゃんと授業やってたの。お前のが悪質だろ」

「…それは…」


押し黙ってしまった。

急な反応。強気な舞希のいつもと違う一面。俺はまた自分の心拍数が上がってきていることに気づいていた。


「…んなあからさまにしょげんなよ。サボりくらいで」


ぽん、と舞希の頭に手を乗せる。少し顔を上げた彼女。
無差別な上目遣いに持って行かれそうになった。


「…ま、まあそういうこった。お前も同罪。よってあと30分付き合ってもらいまーす」

「…は?」


俺はお構いなしに舞希の腕を引く。


「ちょ、ま、どこに…」

「国語準備室〜」


じつはそちらが本当の俺の居場所だったりする。職員室とは形のみ。つまり舞希が片付けたのは物置がわりの第二の机。


「つーわけだから」

「え、てことはあたしが今まで片付けてたのって無駄だったんじゃ…」

「細けーことは気にすんな。ハゲんぞ」

「は、ハゲって…」


はあ、と大きく溜息を吐く舞希。あきらめたようにそっぽを向いた。俺は上機嫌にサンダルの音を鳴らした。




その後、国語準備室にて居眠りが見つかった俺と舞希は、二人揃ってババアによるきつい〆を拝借するハメとなった。


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銀八先生第三弾!これからこの国語準備室は舞希ちゃんの住家となります。


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あきゅろす。
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