[携帯モード] [URL送信]

秋雨
第3話



風呂から出ると、洗面所の向かいの壁にめり込むようにしている洗濯機が音を立てていた。
透明の蓋から中を覗けば、そこには見覚えのある服が不規則なリズムでもって動き回っていた。



「あ、出て来られたんですね。お、お茶、飲みますか?それともコーヒー派ですか?」
「ああ……、コーヒーを」
「はい」



時計を見ると既に夕方の6時を回っていた。
コーヒーを出されるまで、ぐるりと部屋を見た。
参考書がいくつか無造作に置いてあり、レポート用紙に文房具、ノートパソコンとプリンタがあった。
それらからして同じ大学生のようだ。
目の前のテーブルにも本がいくつか積まれていて、何となく手を伸ばして表紙を見てみる。
”人類学における……”とか何とかの漢字が並んでいてすぐに手離した。
俺の一番苦手な分野だからだ。



「すみません、散らかったままで」



積まれた本たちは別の場所へ移動させられ、代わりにコーヒーが置かれた。
独特の香ばしい薫りがして落ち着く。
煙草を吸っていいかと聞けば、「ベランダでなら構いません」と言われて外へ出た。
最近は日が暮れるのも早くなった……などとジジ臭い事を思いつつ肺に煙を送り込む。
そして考える。
さて、これからどうしたもんかと。

すぐに出て行きたいが服を洗濯されちまってる。
しかも帰るための足がないし、更に言えば金もない。
あるのは半分壊れた携帯だけだ。

政宗に電話をする……いや、勘弁だ。
佐助に電話をする……何となく嫌だ。
幸村に電話をする……佐助が付いて来るからつまり嫌だ。
もう一人浮かんだが1番嫌な奴だから即却下だ。

とにかく、まずは女に謝罪を……と部屋へと戻ったところで女と目が合い、互いに固まった。
今が謝るチャンスだと意気込んだが言葉は出ず、先に女に口を開かせてしまった。



「絆創膏張り替えましょうか?」
「……必要ねぇ」
「でもお風呂で濡れて……」
「いらねぇっつってんだ、構うな」



思わず荒げた声に僅かにビクついたのを見て「悪りぃ」と謝罪する。
すると、ちょっとの間を置いて女が小さく笑った。



「優しい方なんですね」
「ハァ?」
「悪いと思った事に素直に謝れる人は優しい人だ、って母が言ってたんです」



何か全部見透かされてるみたいで気まずかった。
けど、こいつを怖がらせてしまったのは事実で、それを謝罪しなければと思い、キッチンに立つ女の前にカウンター越しで立った。



「……さっきは悪かったな」



その言葉に女が首を数回横に振った。
まだ真っ直ぐに俺を見ないのは怖いからだろうと思う。
服乾いたらすぐに帰るから、と言おうとしたが再び先に間を埋められてしまった。
「でも、結局無事だったので」と。
申し訳なさそうに言われ、本気で頭が可笑しんじゃないかと思った。
犯されかけたのはお前で、悪いのは俺なのに。

どうやったらそんな考えになれる?
本当は怖いのに何故、ここまでする?
見知らぬ男に、どうしてそこまで出来る?



「あの、私、アキサメと言います。お名前を聞いてもいいですか?」
「…………長曾我部元親」
「ちょうそかべ……さん。難しいお名前ですね。あ、とりあえず服が乾くまで休んでいって下さい。一人暮らしなんで気兼ねなく」



危機感がないというか馬鹿なのか、晩御飯でも食べて行って下さい、とまで言いやがる。
しかし、傷だらけで血まみれ、泥まみれで倒れていた男に対して恐怖というものはないのだろうか。
何故そんな事になったのか興味はないのだろうか。
グルグルと色んな事が頭を過ぎる。
頭はいい方じゃねぇ。
政宗や佐助みたいに、喧嘩も勉強も出来るような男じゃないんだ、俺は。



「あ、服乾いたみたいです」



ピーピー音を立てる洗濯機に呼び出され、そこから白いシャツと藍色のスラックスを持ち帰りソファの背に掛けた。
そこからもほんのりとローズの香り。



「あんた、何故俺にそこまでする?」



ずっと疑問に感じていた事を聞いてみた。
俺に抱かれるのを拒んだという事は、どっかの馬鹿の手先として俺に近付いた。
そういう事だろう。



「怪我をして倒れている人を見つけたからですけど……」



予想していた答えではないが、誰もが最初はそうやって答えるだろう。
そして徐々に俺の心をもてあそび、最終的に獲物を献上……ってわけか。
俺はそんな優しさに騙されたりはしねぇ。



「バイト先への近道なんです。あの路地」
「…………?」
「よく喧嘩があるので怖くて避けてましたけど、今日はたまたま通ちゃいまして……あ、あはは」
「…………」
「でも、助けてくれーとか言わなかったんで、ちょっと怖かったんですよ。もしかして死んじゃってるのかもしれないなぁ、とか考えましたし。でもやっぱり心配だったんで声を掛けさせてもらったんですけど……そういう答えじゃダメですか?」



いや、ダメっつーか、馬鹿っつーか。
言ってる事は人として正しい事だとは思うが……多分こいつは素だ。
何かの為にとかそんなんじゃなく、ただ純粋に俺を助けたんだと思う。
そう思いたい自分がいる。
そして再認識する。
やはりちょっと可笑しい女なんだと。



<NEXT>

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!