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秋雨
第2話



知らない天井が目に入った。
次いで薫るローズの香り。
頭の下にバスタオルが敷かれていて、体の上には毛布が掛けられていた。



(道理で汗かくはずだ……)



じんわりと額に張り付いた汗が居心地を悪くする。
体を持ち上げれば湿布の匂いが立ち込め、ローズの香りはどこかへ消えた。
まだアチコチ痛みはするが、どうやら眠った事である程度はよくなったようだ。
視界も随分と広くなったし、頑丈な体に礼を言いたい。



(……女がいねェ)



ぐるりと見回すが女の気配がない。
気配というのは可笑しいが、日々荒くれた生活をしてる俺には何となく察知出来るというもの。
ここはその女の部屋だ。
俺を助けた見知らぬ女の部屋、その玄関先で眠っていた。



(今のうちに出るか?)



とは思ったが、助けてくれた奴に何も言わないまま出るのは何となく気が退けた。
何より、やましい事をしたわけでもないのに逃げるように出て行く行為自体が許せなかったと言った方が正解か。
そうこうしていると……

ガチャッ

目の前の鍵が回され、とっさに睨み付けてしまった。
開かれた扉の向こうで俺を助けたあの女が固まって立っていた。
睨み付けていた目をそらしてやれば、ホッとしたのか足を踏み入れる。



「目が覚めたんですね。おはようございます」



ビニール袋をぶら下げ、よいしょっとそれを奥の部屋へと運んだ。
さっきと服装が違うのは着替えたからのようだ。
袋の中身は食材か何かだったようで、冷蔵庫へしまう音がしばらく響いていた。



「これどうぞ」



寝起きは喉が渇くでしょ?とペットボトルに入ったミネラルウォーターを渡された。
普通にコンビニで見る外国の水だ。
程好く冷えているという事は、冷蔵庫に先程まで入っていたものだろう。



「玄関じゃ何なので、動けそうなら奥へどうぞ」



言われた通り奥へ入った。
そこは小じんまりとしたリビングで、その手前にカウンター式のキッチン、リビングの右奥に寝室があった。
ごく普通の女の一人暮らしの部屋である。
女は小柄で、オレンジ系のショートの髪にゆるいパーマを当ててフワフワにしている。
両耳にピアスが一つずつ、指先にはネイルが施されていて、それもまあどこにでもいる普通の女だった。



「あの、良かったらお風呂沸いているのでどうぞ。そのままでは風邪を引いちゃいますし。着替え……というか簡易なものを買って来たのでこれに着替えちゃって下さい」



さっきのビニール袋から紙袋を取り出し、その中からジャージの上下とTシャツを取り出してタグをハサミで切り始める。
一体何を考えているのかと思う。
見知らぬ男を拾って、手当てして風呂まで入れ、その上、服も買って来たからこれを着ろ、と。



「あの、下着ってこれで良かったですか?私、よく分からなくて」



少し恥ずかしそうに下着を見せる女にイラっとした。
こいつの頭の中がサッパリ分からない。
いや、案外簡単なのかもしれない。
男を拾って寂しさを紛らわそうとしている、もしくは俺をはめようとしている。
腕を引いて壁に押し付けた。
その反動で持っていたハサミやら服やらが床に落ちたが気にせずに首筋に食らいつく。



「な…っ、なにす……」



暴れる腕を掴んで今度は床に押し倒せば小さな悲鳴が上がるが無視だ。
寂しいなら抱いてやる。
そういうつもりだったが……



「や、やめて……くださいっ!!」



思いのほか強い力で抵抗され、体重をかければ頬をぐいっと押された。
その瞬間にズキっと痛んで僅かに声を上げてしまった。



「……っ!」
「あっ、ごめんなさい、大丈夫ですか?」



慌てたように伸ばされた手を再び掴んで床に縫い付ける。
シャツのボタンを外すのが面倒で、引きちぎるように肌蹴させればボタンが飛んでコロコロと音がする。
必死に抵抗しているが所詮はただの女。
いくら怪我人でも俺の力には適わない。
下着だけになった胸元に顔を寄せると、ふっと腕の力が抜け、思わず顔を上げてハッとした。



「お願い……やめて、下さい。やめっ……うぅ」



ポロポロと滴る雫。
あの曇天から降って来たそれとは違う、女の流す涙。
それは次から次へと溢れ出し、床へと流れ着く。



(何やってんだ俺は……)



女から離れた。
小さく震えながら体を起こし、俺に背を向けてしばらく泣いていた。
出て行こうかとも思ったが、このままの状態で出て行けるほど俺は腐ってはいない。
……と思いたかった。

床に落ちたままのジャージを拾い、タグを切ってから女の肩にかけてやった。
ビクっと驚いてはいたが、ゆっくりと袖を通してファスナーを上げようとしていた。
だが、いつまで経ってもファスナーが上げられる様子はなく、気になってチラリと見てみる。
手が震えてはまらないのだ。
自分がした事とはいえ見てるだけでもどかしくて、震える手を強引に払い除けて留めてやった。



「……悪かったな」



謝罪の意を述べると、女がポカンと俺を見上げる。
何か可笑しな事を言ったのかと思ったが、それはすぐに解決した。



「喋ってくれた……」
「アァ?」
「ずっと喋ってくれなかったから……口、利けないくらい辛いのかと思って……」



涙の残る顔でヘラリと笑った。
そのまま女はハサミに手を伸ばし、残されたジャージのタグを切り始めたが、こちらも震えて切れないらしい。
俺はそのハサミとジャージを取り上げた。



「風呂はどこだ?」
「……え?」
「風呂……入らせて貰う……」
「あ、はい、どうぞ。こっちです」



洗面所に押し込まれ、鏡の前に立った。
口元にある絆創膏も、腕のも、笑えるくらいいびつに貼り付けてあった。
不器用ながらにも一生懸命手当てしてくれたのが分かって、ほんの少し嬉しかった。
そして、そこまでしてくれた女に酷い事をした自分に舌打ちし、風呂から出たらもう一度ちゃんと謝罪をしようと決意をした。



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あきゅろす。
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