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秋雨
第1話



空は好きだ。

特に真っ青な空が。
水平線が分からないほど澄んで、海も空も真っ青な色に染まっているのが好きだ。
視界には入るのはどこまでも続く青、その中に時々白い雲が流れる。

だが、この空はどうだ?
狭い空、曇天の空、寂しげな秋の空。
このままでは空が泣き出すのも時間の問題だろう。



(いっその事、土砂降りにでもならねぇもんか)



アスファルトの地面にくっ付いた体がジンジンと痛む。
あわせて腹も痛いし頬も痛い。
歯は1本確実に無くなっているだろう。
さっき口に溜まった血とともに吐き出したような気がする。
おかげで口の中は鉄の味。



(何度味わっても慣れやしねぇ……)



動けそうにもないが誰かを呼ぶ気にもならない。
ビルの間の狭い路地、そこから覗く僅かな空。
しばらくこのままでいたいと思った。



(大学生にもなって何やってんだか……)



ここまでやられたのは久々だった。
政宗と本気でやり合った時以来か。
仲間が捕まり、助けに向かい、ちょっと油断した隙に袋叩き。
その仲間は俺をおびき出すための囮で、しかもそいつもグルだった。



(カッコ悪りィにも程がある)



そうこうしているうちに空が泣き出した。
額に、頬に当たる水滴が冷たくて気持ちいい。
だがしばらく経つとそれが傷口に入り込んで痛み始める。



「…ッ!」



血は流れるが痛いばかり。
こんな事なら来るんじゃなかった……と思ってみるが今更思ったところで仕方のない事。
昔から体だけは丈夫で、こんな状態も一晩眠れば良くなった。
少し眠れば痛みも治まる、そう判断して目を閉じた時だった。
ふっと感じた人の気配。
その後、顔に当たる雫が突然途絶えた。
重くなった瞼を押し開けて視界を広げると、そこには真っ赤な傘があって一瞬驚いた。



「大丈夫……ですか?」



女がいた。
ハンカチを持つ手を恐る恐る俺の頬に当てる。
瞬間、ズキンっと痛んだ。



「…ッ」
「あ、ごめんなさい」



面倒臭くなって振り払おうとしたのに、何を勘違いしたのかその女は挙げた俺の手を握った。
大丈夫、すぐに救急車を呼ぶから……と震える手で携帯を取り出した。



「余計なマネ、すんじゃねぇ……っ」



握られていた手を今度こそ振りほどき、携帯を持つ手を叩けばコロコロと地面に転がるそれ。
そして痛む俺の体。



「で、でも怪我をして……」
「関係ねぇだろ……、放っとけ」



ぐりんと頭を女からそらし、去ってくれるのを待つ。
だが女は去るどころか、再びハンカチで俺の血を拭い始めた。
そして何故か酷く辛そうな、泣きそうな顔をしていた。



「病院がイヤなのなら私の家に来て下さい。包帯も絆創膏もありますから」
「放っておけ」
「それは出来ません!怪我した人をこんな雨の中放っておくなんて無理です」



女は少しだけ強い口調で言い切り、濡れた携帯をしまって俺の腕を取った。
痛むと思いますけど我慢して下さいね、と先に言われてしまったため、もう拒否しようにも出来なかった。
泥だらけの俺の腕を首に回し、よろよろと路地を出る。
案の定、視線を浴びた。
普通の女が、血まみれ泥まみれのデカい男を運んでんだ。
当然と言えば当然だが、この女は素知らぬ顔で目的地へと向かう。
自分まで雨に濡れて、それでも俺の体を心配して一生懸命運ぼうとしている。
だから俺も出来るだけこいつに負担を掛けないよう自力で歩いた。



「フゥー…」



マンションに入り、玄関にとりあえず転がされた。
ここに辿り着く頃には互いにびしょ濡れで、女の赤い傘もあまり意味を成してはいなかった。
そしてその女も、俺と同じように泥だらけになってしまっていた。
壁に凭れ、その姿を目で追う。
どうやら一人暮らしのようで、タオルやら救急箱やら色々と持って来てはパタパタと奥へ戻って行く。
しかし、残された右目もあまり視界は良好ではない。
殴られた衝撃で瞼が腫れ上がっているようだ。



「あの、とりあえず頭拭きますから痛かったら言って下さい」



ワシワシと髪を拭かれていると、タオルからほんのりとローズの香りがした。
昔付き合ってた女が花屋でバイトしてた時に知った香りだ。
それから今度は傷口を布で拭き始める。
時折痛んで眉をしかめると、ビクっとしてから謝罪する。
自分が悪いわけではないのに、さも自分のせいであるかのように。



「じゃあ、傷の手当をしますね。えっと、傷はほっぺと腕と……後は、どこかありますか?」



答えるのが面倒で、口元・腹……と指で差して説明した。
骨に異常はないようだが、傷だらけの男を拾ったばかりのこいつはとにかく不安が先行する様子で、携帯を出してどこかに電話を掛けようとした。
救急車だったらお断りだ、俺のその言葉に女は、「医学部の友人に聞いてみるだけです」と答えた。
電話で話しながら、あーだこーだ色々喋り倒し、とりあえず湿布を貼って安静にさせておけ……と言われたらしくその準備を始めた。



「えっと、湿布貼りますね。こっちは絆創膏……こっちも絆創膏で、あっ!消毒が先でしたね」



彼女はどうやら独り言体質らしい。
ブツブツと喋りながら、ごそごそと俺の傷口を手当している。
怪我なんて慣れてるから自分でやった方がよっぽど早いとは思ったが、一応好意だけは受け取ろうと思った。
それよりも何よりも、とにかく眠くて仕方がない。
そりゃそうだろうな。
昨日は朝から大学へ行き、一晩中暴れまわって今は昼過ぎだ。
そんな事を思い出しながら、彼女の独り言を子守唄に俺はゆっくりと寝入ってしまった。



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