[携帯モード] [URL送信]

親指筆頭
苦悩と変化



風邪をひいた。

俺ではなく、雪兎が。
そりゃ見事な風邪で、ボーっとしているのか何を言ってんのか分からない事もあった。
それなのに雪兎は会社に行くと言う。



(馬鹿な野郎だぜ)



喉もガラガラで、声もおっさんのくせして。
食器棚の上に救急箱があるらしく、そこから薬を取って渡してやる。
こんな時ぐらい休めばいいってのに、この時代の人間は働きもんだな。



「仕事、本当に行くのかよ?」
「うん」
「ぶっ倒れるぜ?」
「大丈夫よ、そこまで柔な体じゃないし」



行って来ます……
そう言い残して出て行ったが正直心配だ。
だが、俺がどうこうしたところで頑固な雪兎が聞くはずもなく……

そして、案の定。
フラフラと部屋に戻った雪兎は、そのまま玄関で崩れ落ちた。
だから言ったのに……
じんわりと掻いた汗で、前髪が額にへばり付いている。



「しっかりしろ!今の俺じゃお前を運んでやれねぇぜ」
「うん……」



もどかしくも思いながら、必死に雪兎の意識が消えないように呼び掛ける。
そして、何とかベッドに倒れ込んだ雪兎を見て、自分の力のなさを思い知る。
こんなに傍にいるってのに何にもしてやる事が出来ねぇ。
倒れたあいつを運んでやる事も、水を汲んで飲ませてやる事も、着ているものを脱がしてやる事も。
今の俺には何一つ出来やしねぇ……



(……っくしょう)



苦しそうに息をする雪兎を見て、思わず小十郎の名を叫びそうになった。
だがここに目的の人物はいない。
小十郎は何て言ってた?
風邪の時はネギか?生姜だったか?
あー、思い出せねぇ。



「うー…」
「雪兎?」



返事はねぇ。
相当参ってんな。
自分の世界じゃ一国の主。
俺は何だって出来た。

それがどうだ?

別の世界に来て、体が縮んだだけでこのザマだ。
女一人看病してやれねぇ。
腕を振るって、何か滋養の付くもんでも食わしてやりてぇのに。
独眼竜ともあろう俺が……

その時だった。



――トクン



心臓がやけに大きく脈打った。
何だ、今のは……
一度だけだったが妙な違和感がある。
そして、体全体がグラリと揺れるように片膝を着いた。
貧血の時に似ている、と思った。
意識はあっても視界に色はなく、揺れる体に力の入らない手足。



(やべぇ……意識まで飛びそうになってやがる……)



「雪兎っ……」



何度も雪兎の名を呼んだ。
もしかすると、このまま元の世界に返されるのかもしれないと咄嗟に感じた。
戻れるならそれが一番いい。
だが、雪兎に何も伝えられないまま戻るのだけは勘弁だ。
必死に雪兎の手を握りながら、俺は意識を手放した。



***



目を開けてすぐ視界に入り込んだのはオレンジ色の光だった。
チカチカと点滅している。
それには見覚えがあった。



(雪兎の、部屋か……)



とりあえずホッと一息ついて体を持ち上げた。
オレンジの光はまだ点滅している。
それは、俺の為に雪兎が用意してくれた携帯電話。
それの充電が完了した事を知らせる点滅だった。
その携帯はスライド式だからこんな俺にも使いやすく……



「What kind of thing is it?」(どういう事だ?)



携帯を手にして気付く。
今までと違う何かに。
立ち上がると景色が違った。
今まで見上げていたものが遥か下にあり、食器棚の救急箱にも軽々と手が届いた。
携帯は手に治まっており、羽のように軽く感じる。



(元の俺に戻ってやがる)



雪兎が買ってくれた着流しも都合よく一緒に。
雪兎を見れば薬が効いたのか、小さな寝息を立てていた。
それでも汗を掻いている姿は妙に心苦しい。
着たままのジャケットを脱がしてやり、腕時計やネックレスも外してやる。
それから、何か食えるものを作ってやらねぇと。
冷蔵庫はほぼ空っぽ。
悪いとは思ったが仕方がなく、雪兎の財布からCardを拝借した。
使い方はもちろん知っている。
暗証番号も。
小さかった時にBagの中から見てたからな。



「雪兎、起きろ」
「……まさ、……ね?」
「粥を作った。食え」
「んー…」



もっそりと体を起こし、俺をじっと見つめている。
一体、どんな反応をするだろうか。



「あれ……政宗?どうして……?戻ったの?」
「かもしれねぇな」
「ふーん。やっぱり格好イイね。得した気分だなぁ」



熱のせいかあまり驚く事はなく、ヘラ〜と笑っている。
ペタペタと俺の腕や顔を触りまくり、何かブツブツ言っているが内容まではよく分からない。
俺がどうしてこうなったか……
今の雪兎の頭ん中では重要な事になっていないようだ。



「とにかく食え。何なら食わせてやろうか?」
「うん、あーん♪」



意外に甘えん坊な雪兎の一面に、思わずゴクリと喉が鳴る。
いつも「自分が自分が」と気を張ってる奴の可愛い一面が見られたんだ。
少しくらい感謝しねぇとな。

それから半分ほど平らげた後、雪兎は再びBedに沈んだ。
薬は飲んだが、夜になると熱は上がるだけだ。
エアコンのSwitchを入れ、タオルを濡らしておく。
食品も長持ちしそうなものを冷蔵庫へ入れておいた。
これでいつ小さくなっても大丈夫だろう。

急激な変化に戸惑いつつも、俺は久々の俺に安堵していた。
寝息を立てている雪兎の傍で、汗を拭ってやりながら。



(お前、意外と小さかったんだな)



手を握れば小さく、背も遥かに低い事が判明した。
頬を撫でれば感触が気持ち良い。
女だと、改めて実感した。



「Ah?」



雪兎のBagで光を放ち、小さく震えているそれ。
Displayを見れば、そこには「燐」という名前。



「Hello?」
『え?え、外人?……あ、Hello、my name is……』
「燐、だろ?」
『は?今度は日本語?』



電話の向こうの声は明らかに困惑している。
それが少し面白いが、どうやら雪兎に用があるらしい。



「Sorry、雪兎はさっき寝たばっかりだ」
『そう、なら結構よ。ところで、あんたは誰?』
「伊達政宗」
『ハイ?伊達政宗?あの有名な独眼竜?』
「Yes」



しばらくの沈黙の後……
高らかに笑い声が響いた。



「Ah?何が可笑しい」
『だって、可笑しいよ。伊達政宗だなんて……ふふ、あははは!』
「てめぇ……」



からかうんじゃねぇ、そう言おうとして息が詰まる。
電話の向こうから聞こえる声が、明らかに今までと違ったから。



『ふざけないでくれる?あんた、誰?何で雪兎の携帯に出てるのか教えて貰いましょうか?』



静かな怒り、いや……殺意の篭った声色だ。
そんな声など今までいくらでも聞いて来た。
なのに、ぞくりとした。
長らく戦場から遠ざかっていたからか。



「Sorry、怒るな」
『あんたがふざけてるからよ』
「訳あって世話になってる。もう3ヵ月近くになるんだが知らねぇのか?」
『世話?……もしかして、頭上から降って来たペット……か?』
「What?」
『いや、雪兎がそう言っていた事があったからな』
「Ah〜、間違ってはいねぇな」
『ふーん。ならいい。とにかく……』
「何だ?」
『雪兎に何かあったら殺しに行くから、そのつもりでいろ。ダテマサムネ君』



そう言い放ってプツっと切れた。
何だったんだ、今の女は。
しかし、よく考えれば雪兎の携帯に友人から連絡が入る事自体が珍しい。
出掛けている風もないし、あまり作りたがらないのか、はたまた他に理由があるのか……



「とにかく、俺はこのまま寝る」



小さな雪兎の手をしっかりと握り、
明日もこの姿でお前に会えるよう、柄にもなく祈ってみる。



<Next>

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!