親指筆頭
一瞬のその先
今までだって一人だった。
行ってらっしゃいも、おかえりなさいもない部屋。
会話をする相手もいなくて、でも誰かといると怖くて。
そんなところに転がり込んで来た小さな異邦人。
刀を6本も腰に差し、弦月の前立てに隻眼の青年。
彼が来てからだ。
こんなに充実していた日々を送ったのは。
寂しいなんて思わなくなって、この部屋に帰るのが楽しみで、「Honey」って呼びかけてもらえるのが嬉しくて。
〜♪
『起こしちまったか?Honey』
「ううん、起きてたよ。フレンチトースト美味しかった」
『当然だ。俺が作ったんだからな』
「政宗、なんか元気だね」
『Ah?雪兎はそうじゃねーのかよ』
「ううん、元気だよ」
ちょっとだけ嘘を吐いた。
見えないのに、まるでそこに政宗がいるかのように瞼の裏に姿が浮かぶ。
電話越しに聞こえる政宗の声は、いつも少しだけ低くなる。
無意識らしいそれが私はすごく気に入っている。
「お仕事お疲れさま、政宗」
『Thanks』
「もう帰って来るの?」
『Yes、今から帰るからイイ子で待ってな』
「うん待ってる。待ってるから、だから…っ」
「What?」
「必ず帰って来て……、必ず……。待ってるからね」
『……Okay、すぐに帰る』
電話を切ると、急に"一人"という事実にぶち当たる。
でも、いつかは政宗がいなくなって、元の暮らしに戻るのだからこれが普通なのだ。
今は、いつもいた人がいないというだけの喪失感。
ただ一瞬の話。
(違うこと考えなきゃ……)
ソファに寝転がって目を閉じる。
TVもPCも点けていない静かな部屋の中。
考え出してしまうと脳が冴えて活発になってしまうのは私の悪い癖。
そうしていると、キラリと脳裏に浮かぶ銀色の髪。
(明智光秀……)
あれは確かに明智光秀だった。
あの人は私に"特定の人にしか見えない"とそう言った。
なのに、どうして政宗は誰にでも見えてるんだろう。
(一体、何が違うの?)
伊達政宗、明智光秀。
二人の武将、共通する事。
戦国乱世、群雄割拠、織田信長、浅井長政、お市……
――ほら、滅びの音が近付いて来るわ
(ダメ、お市のことを考えると、またあの夢に引き込まれてしまう!)
僅かに引き寄せられた夢から戻る。
そして考える、しっかりと。
もしこっちの世界に来ているのが明智光秀と政宗の2人だけじゃなかったとしたら。
他の誰かも来ているとしたら。
可能性はないわけじゃない。
そして、どうやって来たかが分かれば、戻る方法だって分かるはず。
そうすれば政宗だって元の時代に……
(戻る…の?)
政宗が戻る。
つまり、この場所からいなくなる。
この場所だけじゃなく、この世界からもいなくなって、二度と会う事もなくなる。
二度と……
「や、だ……」
嫌だ。
嫌だ嫌だ。
政宗がいなくなるなんて嫌だ。
耐えられるはずがない。
あの存在があって、あの眼差しがあるから私は充実した日々を送っていたのだ。
それが、ある日突然、目の前から消えてしまう。
(…………)
ひとしきり不安に押し潰されたところで我に返ると、だいぶ心が落ち着いてきた。
そういうところは私の良いところ……なんだろう。
戻らなければいけないのだ、元の生活に。
そしてそれは、政宗も思っているであろう事なのだから。
「ハァー」と溜め息を吐いて目を閉じた時だった。
「随分とDarkな顔してんじゃねーか」
寝転がってたソファから見上げると、そこには私を見下ろす政宗がいた。
<Next>
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!