親指筆頭
目覚め
――滅びの音が近付いて来るわ
闇に紛れて一歩ずつ近付いて来るの。
ゆっくりと、でも確実に近付いて来るわ。
――そっちには行きたくない
囁かれる声に引き寄せられる。
自分とは関係のない意志で、勝手に。
――やめて、そっちには行きたくないの
もがいても、もがいても、抜け出せない闇。
入って来ないで、出そうとしないで。
ここからは出たくないの。
――消えてしまえばいい、あなたも、そして……
「市も」
誰か市を止めて。
あの手を、あの声を止めて……
何も聞きたくないの、何も見たくないの。
これ以上悲しいことなんて何も……
――長政さま…、市を許して……
許して、市にはもう何も出来ない。
あの声から、手からは逃れられないの。
だから市、一生懸命考えたわ。
――ねぇ、長政さま覚えてる?あの人のこと
市、がんばるから。
だから、だから……
――早く、迎えに来てね
「…ッ!!」
(……また、あの夢……)
最近頻繁に見る夢がある。
最初は単なる夢だと思っていたのに、見るうちに夢の内容は現実味を帯び、徐々に時間軸が進んでいるように感じる。
だって、始めは声だけだった。
なのに今では夢の中に誰かがいる。
(知ってる、あれは……お市)
戦国BASARAの中でも異色のキャラクターである魔王の妹、お市。
兄と夫の間で揺れる、非常に不安定な存在。
そして私が唯一、共感を持てる人物。
(兄……か)
兄に苦しめられることが多いお市。
大切な夫は兄の身勝手な行動で殺されてしまう。
そして市も、兄の意思で思うがまま。
「ハァー…」
起き上がって時計を見る。
時刻は午前9時。
見渡す視線の先には見慣れた家具と、見慣れた風景。
ここは自分の部屋だ。
退院して5日目、休暇をもらっているためゆっくりとした生活が続いている。
「政宗…?」
いつも目覚めると「Good-morning、Honey」と朝の挨拶をして来る政宗。
その声が今日は響かない。
(あ、そっか……いないんだ)
政宗がいない。
いつもと違うその現実に思わず胸にぽっかりと穴が開いてるような気分になる。
リビングに行けばテーブルにメモ。
『Good-morning、Honey!昼には戻る。Breakfastは冷蔵庫だ』
ああ、政宗がいる。
元の世界に戻ったわけじゃないのに、いつもの風景に政宗がいないだけで怖くなる。
流れるように書かれた綺麗な文字を見て、ほっとした。
「ブレイクファストとやらは……あ、フレンチトーストだ!」
何が食いたいんだ?
そう聞かれたことを思い出す。
(美味し……)
一人で摂る朝食は寂しいけれど、政宗が作ってくれたってだけで何十倍も美味しく感じるから不思議だ。
久々に見る平日午前の番組、洗濯がゆっくり出来る時間、なんだか普通の生活だ。
(政宗がいなくなったら……)
こんな日が続くのかな。
珍しい事もない、珍しい音もない、フレンチトーストを美味しいなんて感じる事もない。
仕事して、帰って……この繰り返し。
(嫌だな)
でも、どうして言えるだろうか。
帰って欲しくないなんて、奥州の王である政宗に言えるはずもない。
小十郎さんだって言ってたじゃないか。
――政宗様の御身は奥州の民の命
政宗は政宗であって、政宗じゃない。
伊達政宗と言う人物は、どこかに留まるような男ではないんだ。
奥州を統べ、いつは日ノ本をも統一する……かもしれない。
(そうすると、私はまた一人……)
一人きりになるんだ。
日常に、今までと同じ日々に戻るだけ。
そう、戻るだけなのに……どうしてこんなに怖いんだろう。
ぞわりと嫌な感覚に思わず涙腺が緩みそうになった。
――怖がらないで、市がいるわ
ふと声が聞こえた。
それは夢の中で時折呼びかけられるセリフ。
――分かるわ、だって市もあなたと同じだもの
ゆらりと意識が引かれるような感覚。
ダメだ、今引き寄せられている。
上手く説明出来ないが、確かにそんな感じだった。
――兄様は可哀想な人
可哀想な人……兄さんは可哀想な人?
そっか、親からの愛情がないのだと勘違いしてしまったんだ。
あんなに愛されていたのに。
――兄様の罪は、市の罪
兄さんの罪は、私の罪……
私が生まれた事が、私が愛された事が……
「私の罪」
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