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親指筆頭
想い



屋上に出た。
風は僅かに冷たい。
上着を脱いで雪兎の肩にかけてやれば、礼を言うかのような安堵した瞳が返された。



(もう、大丈夫なのか?)



手の中にあるコーヒーは開封してはあるが口は付けられていない。
ぎゅっと握り締めたまま、ただただ何かを待っているようだった。
聞きたい事はたくさんある。
だが、こいつがそれに答える事が出来るかは分からなかった。
それ以前に、人に話せる事なのかも俺には分からない。
自分の境遇と重なって見えた。
あの目は、あの冷徹な目は、母が自分に向けていた目と似ていて、あの刺々しいまでの言葉までもがどこか同じに聞こえてしまった。



「……あの人はね、私の兄なの」



突然ポツリと雪兎が口火を切った。
兄がいて、歳がかなり離れていて、雪兎が産まれて両親の愛情が移った事、実の兄に忌み嫌われた事。
それのせいで、兄との会話が困難になって苦痛を伴うようになってしまった事。
そして一度だけ、命の危機を感じた時があったのだという事。



「私は兄さんが嫌いじゃない。でもダメなんだ……」



怖い……と、涙も流さず淡々と説明していく様子を、俺はじっと聞いているしかなかった。
そりゃそうだ。
俺はその、雪兎の兄と同じ立場だから……
右目を無くした俺から愛情が消え、それの全てを受けていた弟。
憎くないなんて事はなかった。
憎かった、羨ましかった、妬ましかった。
そして最後には手をかけたのだから……



(なぁ、雪兎。俺がお前の兄と同じだと知ったらお前はどうする?)



その後、雪兎はもうその話はしなかった。
いつものように振舞って、会社の人に迷惑かけたとか、でもしばらく休んでなかったから良かったなどと言っていた。
そして、俺に視線を向けてハッとしたように目を見開いた。



「そういえば、政宗いつどうやってその姿に戻ったの?」



さっきとは打って変わって、キラキラしたような瞳。
俺のこの姿がそんなに不思議なのか?
まぁ、確かにそうか。
最初の日は雪兎の記憶自体もおぼろだったし、そこまで気も回ってなかっただろう。
昨日は燐の家に泊めてもらい、一宿一飯とやらで病院でコキ使われていた。
何で俺がと言えば「こっちじゃあんたはただの居候だ」とハッキリと言い返されて何も言えなかった。
ある意味、燐は小十郎より恐ろしい……



「理由は分からねぇが、雪兎の病室に着いてホッとした瞬間に」
「戻る時ってどんな感じ?痛い?苦しい?」
「No」
「そっか。良かった」



こんな時まで人の心配か。
お前と出会って今まで、俺に弱音を吐いた事なんて一度もねぇ。
怖い、苦しい、辛い、寂しい……何一つ。
なぁ、俺はそんなに頼りねぇのか?
俺じゃ、お前を守ってやる事は出来ねぇのか?
そう思っていたら自然と体が動いて、雪兎の体を抱き寄せていた。



「ま、まさむねっ!?」
「Be quiet」



居心地悪そうにしばらく動いていた雪兎の体を強く抱き締める。
伝わる鼓動や体温が、こいつが生きてるって事を物語ってる。
無くさなくていいものを無くさないように守りたい場所を作った。
守りたいものを守れるように強くなった。
強くなるために無くしたくないものをたくさん見つけた。
もし、それが今ここで活かせるのなら……



(俺はお前のために)



Indeed(なるほどな)、そういう事だったのかよ。
今更気付くなんて遅せぇぜ。
俺はこいつが大事なんだ。
誰よりも大切で守ってやりたくて、泣かせたくなくて、傷付けたくなくて。



(俺はこいつが、雪兎が愛しくて仕方ねぇんだ)



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あきゅろす。
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