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親指筆頭
守るべきもの



「伊達、雪兎はどうした?」
「検査だ」



その日、燐と共に雪兎の着替えを手にやって来た。
俺は雪兎の病室で、色んな事を考えながら帰りを待っている状態で、入院についての手続きは燐が全てやってくれていた。
雪兎の事、明智の事、奥州の事、そして未だに何も分からない己の事。



(もどかしすぎる……)



一体どうなってやがる。
明智がこっちの世界にいるって事は、元の世界とこっちの世界とが何らかの理由で繋がったという事だ。
しかも、奥州じゃないどこかで。
もしかすると他にもこっちに来てる奴がいるかもしれねぇ。

だがその前に、何故明智は元の姿だったんだ。
そして俺はまだこの姿のままだ。
以前戻った時はたった一晩だったくせに、今回は1日以上経っている。
縮まないのか……、一体何が原因だ……考えれば考えるほど考えはまとまらない。



「……達、伊達っ」
「Ah……、ああ、何だ……っ!!」



呼ばれて上げた顔に酷い衝撃。
遅れて気付いたのは左頬に痛みがあるという事。
つまり、燐に頬を殴られ、ギロリと睨み付ければ怒りが込められた瞳で見下ろしていた。



「殴られた理由は分かってるな?」
「……ああ」



雪兎を傷付ける奴は許さない、確かに言われていた。
燐と初めて会った際にそんな言葉を。
燐の唯一無二の親友、雪兎の大切な友。
自分を救ってくれた友人を傷付ける事は許さない……と。
今回は俺の責任だ。
後先考えずに行動した俺の責任だ。



「……Sorry」



自分の事ばかりが先行して雪兎の事なんて何一つ頭になかった。
いつも後ろで諌める声も、今の俺にはない。
一つが欠けただけで俺は何も出来やしねぇ。
俺の様子に何か思ったのか、燐が溜め息を吐いて隣に座った。
そして静かに話し始めた。



「病院に運ばれ、治療を施され、目が覚めた雪兎の第一声」
「Ah?」
「政宗が一人ぼっちなの……、それだった」



己の傷や怪我よりも、残して来た俺を心配していたと。
そして、それを託せるのが燐だけだった為か、燐は不本意ながらも俺を探しに来てくれた。
それから沈黙がしばらく続き、燐が辛そうな表情で今度は話し始めた。



「もうすぐ雪兎の親族がここに来る」
「親族?」



親は存命だとは聞いていたし、兄がいる事ももちろん知っていた。
だが、それを話すには少々イラついている様子の燐。



「雪兎にとっては有難くない事だ」
「Why?」
「理由はすぐにでも分かる」



沈黙が続いた。
燐がどういう人間かハッキリ分かっているわけではない。
ただ、雪兎の事は誰よりも気に掛けていて、大切に思っている事は確かだ。
それはもしかすると、小十郎の俺に対する思いと同じなのかもしれない。
親が子に与えるような、無条件で注げる愛情なのかもしれない。



「いいか、伊達。何があっても何を見ても何を聞いても、雪兎の味方でいてやってくれ」
「どういう意味だ?」
「そういう意味だ。私はこれからオペがあるから頼んだぞ」



燐の言いたい事は分からなかった。
その時までは……



***



リンゴが食べたい。
そう言い出したのは雪兎だった。
入院している人には、リンゴを兎さんに剥いて食べさせてあげるのがこの世界のルールだと。
嘘くさいが雪兎が望むなら叶えてやろうと思った。



「政宗は料理上手なんだって?」
「退院したら食わせてやる」



リンゴの皮をシャリシャリと剥く俺の手をジッと見ている。
時折無口になり、ハッと気付いては喋り始める。
一体、何を恐れている……



――コンコン



ノックの音に、雪兎が異常に反応した。
開かれた扉の向こうには見た事のない女が一人。



「義姉さん……」
「雪兎、大丈夫!?」



義姉さんと呼ばれた女は、雪兎を抱き締めて優しく言葉を発していた。
特に気に留める事無く俺はリンゴを剥いていたのだが……



「政宗、外に出てて」
「Ah?何でだ?」
「いいから。お願い……」



いつもと違う空気。
しかも、肌にねっとりと絡み付くような違和感。
雪兎が何かを隠そうとしている。
しかも、それに雪兎は酷く怯えている。



「Okay、外にいる」



雪兎の病室のすぐ外にある椅子へ座り、病室の様子に気を向けていた。
決して静かなわけではない病院の廊下。
その廊下に、可笑しなほど冷たい音を発する足音が聞こえ始める。
コツコツとそれは次第にこちらへ近付き、そして雪兎の病室の前で一度止まった。



(誰だ、こいつ)



黒にグレーのストライプが入ったスーツ。
同じく真っ黒い髪に、黒縁の眼鏡。
誰だと見ていると、そいつはゆっくりと俺に視線を向けた。
その瞬間ぞわりと変な汗が背中を伝った気がした。
何の感情もない冷徹な目。
記憶のどこかで顔を覗けていた、あの冷たい眼差しだ。
誰だ、と声を発する前にそいつはゆっくりと雪兎の病室へ吸い込まれていき、その瞬間空気が張り詰めたものになった。



「お前、いくつになったと思っている」
「ごめんなさい兄さん。私の不注意で」
「謝れば済むと思っているところはガキだな」
「…………」



違和感というより、どこか不調な感覚。
口では上手く説明は出来ないが、攻撃的で圧迫感があった。
それに圧されてか雪兎の言葉に困惑の色が混じっている。
雪兎は上手く誤魔化しているつもりだろうが、俺には通じない。



「こいつが行こうと言わない限り、こんなところへは来なかったものを」
「あなた!なんて事をっ!」



こいつ、とは義姉と呼ばれたあの女の事だろう。
そして何故か、雪兎の兄であろう男は、雪兎を非常に嫌悪しているらしい。
だが、何でだ?
何故雪兎が謝らなければいけねぇ。



「一人で何でも出来るというから一人暮らしを許したんだ」
「気を付けるから、兄さんにはもう迷惑かけないから……」
「お前が妹である事が恥ずかしい。全くいい迷惑だ」
「ごめんなさい……」



その瞬間、体が勝手に動いていた。
病室の扉を乱暴に開き、その男の胸倉を掴み上げる。
同時に雪兎の静止の声が響いたが俺には関係なかった。



「テメェ、さっきから言いたい放題ぬかしやがって!!」



雪兎の瞳には薄っすらと涙の色が滲んでいる。
そこまでして雪兎が責められる理由はねぇ。
怪我をしたのも、ここにいるのも、全ては俺の責任だ。



「雪兎は俺をかばって怪我をした。こいつは何も悪くねぇ」



腕を振り払われ、男は乱れた襟元を正す。
雪兎に大丈夫かと声を掛ければ「大丈夫」と一言だけで小さく笑った。
だが、拳は握り締められていてスッキリしねぇ。



「ふん、ついに男を取り込んだか」
「生憎俺も気は長くねぇ方でな。それ以上ぬかすと六爪に血を吸われるぜ」



とりあえず、このまま雪兎をここに置いておくのは避けるべきだと判断した。
呆然としている雪兎を抱き上げ、病室を出ようと扉へ向かう。



「いつか分かる、お前にもな」
「Ah?どういう意味だ」
「雪兎の存在自体が迷惑だって事をだ」



その言葉に雪兎が僅かに反応した。
だが、俺の答えは既に決まってんだ。



「忠告はありがてぇが、俺は"俺の信じたもの"しか信じねぇ主義でな」
「どういう事だ」
「迷惑がどうとか興味はねぇ。だが、雪兎の存在に誰よりも感謝してんのは、この俺だ」



その言葉に男の目が僅かに揺らめいたが、そんな事はどうでも良かった。
今この場所から雪兎を救ってやる、それが俺に出来る罪滅ぼしってやつだから。



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