親指筆頭
来訪者
すごく慌てたのを覚えている。
最初はただ不自然だと思っただけだった。
それは時間が経つごとに不信へと変わり、そして私を焦らせた。
大きな音を立てて部屋に戻った私に政宗が、
「Hey、随分と俺に会いたかったようだな、Honey」
と偉そうな口調で言って来たのをしっかりと覚えている。
だが、今はそれどころではないのだ。
この焦りを何とかしたい。
「政宗……」
「What?」
「会っちゃった……」
「Ah?誰に?」
「会っちゃったんだよぉ!!」
「だから誰にだよ!」
喉の奥から絞り出す。
とにかく政宗に伝えなければならないから。
「明智光秀に!!」
***
それは会社の帰りだった。
少しだけ早く上がれたから、会社の近所に新しく出来たドーナツ屋さんで何か買って帰ろうと思っていた。
いつもと違う道を、いつもと違う時間に歩く。
だからこそだったのかもしれない。
フッと視界に入った人影。
都会のど真ん中だから人ごみの中であるはずなのに、その中でそれだけが違った。
白銀の長い髪、フラフラと可笑しな歩き方。
それは私に背を向けて人ごみの中を動いている。
(明智光秀)
瞬時にそう思った。
特別な思い入れや、プレイキャラとして使った事もほとんどないのに。
そう思ったらいても立ってもいられず、その背中を追い掛けた。
同じ距離を保ったまま、決して見失う事のないように視線は釘付けで。
しかし、ドンっと肩をぶつけられ、振り向いたが最後。
そこに目的の人物はいなかった。
(え、どこ?)
さっきまで確かにいたはずのところまで駆ける。
見渡せば、通りから奥へ入る路地が一本伸びていた。
ここだ。
その時の私には「怖い」とか「危険」とか、そういった感情は全くなかった。
ただ「確かめたい」という思いだけで動いていた。
路地の奥は意外に静かで、両脇に時代を感じる古臭い家々が並んでいた。
廃屋のようなそれら、木々が生い茂り始める。
まるで、ここだけ別の時代のような……
「んんっ!?」
突然、伸びて来た白い手に口を塞がれた。
ひんやりと冷たく、それでいて骨っぽい。
恐る恐る見れば、そこには追い掛けていた人物がいた。
「おや、子猫が引っ掛かりましたねぇ」
知っているままの明智光秀だ。
ニタっと奇妙な笑い方、それに不釣り合いな物腰の穏やかな口調。
細っこい体付きに、白銀の長髪。
今になってやっと恐怖が出て来た。
殺されるかも……というものではなく、この人間に対する恐怖。
「つけていたのはあなたですね」
「……(コクン)」
「なるほど。っという事はあなたもこちら側という事ですか」
こちら側、とはどういう事だろうか。
不思議に思っていた私に気付いたのか、明智光秀は私の口を塞いでいた手を離した。
「私の姿は、特定の人間にしか見えないはずなのですが……」
「どういう……」
「そうですねぇ、例えば、あなたが触れた事のあるもの」
「……?」
「私達の世界から来た誰か……」
「っ!?」
ハッとした。
もしかすると、政宗を追っているのかもしれない。
命を狙っているのかもしれない。
そう気付いたら自分の冒した行動の大きさに気付いた。
「どうやら図星のようですねぇ」
慌てて否定すれど、それは逆に相手を面白くさせているだけだった。
ニタっと笑い、顔を近付けて言った。
「誰でしょうねぇ、あなたのところにいるのは」
「誰もいないし、知らないっ!」
「まぁ、いいでしょう。ですが……」
耳元でそっと囁く。
ぞくりとして嫌な汗が背中を伝った。
「誰であっても、美味しく頂いて差し上げますよ」
狙いは政宗だ。
何をしようとしているのかは分からない。
けれど、確実に悪い方向へと向かっている。
今の姿のままで政宗が明智と相対せば、捻られるどころか踏まれて終わりだ。
それだけは阻止しなければいけない。
無事に帰すと約束した。
だから、私に出来る事はしなければいけない。
一刻も早く、政宗に知らせなければ!!
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