少しだけ違う「さよなら」





 この地方の夜は底冷えする。
 街行く人々は、コートにマフラーにブーツ、それに手袋なんていう重装備をして歩いている。
 マスクの着用率が高いのは、冬風邪の防止かただの防寒か。
 たぶんどちらの役割も担っていることは想像に難くない。
 夜も更け、寒さの為に誰もが自宅警備をかって出ている時間帯、一時的に過疎って見える街の中をぼくらは走り抜けていた。

「キョウ。今夜の任務はなに?」

 ぼくの半身であるメイが口を開く。
 寒いのか声帯が異常に震えて、出てくる声が酷く掠れていた。
 ぼくは持参していたマフラーをメイに手渡してやりながら答えた。

「今回は違法麻薬の取り締まり。今から行く取引現場にいる奴らの殲滅が達成条件」

 メイは気の抜けた声で返事をして、真っ白なマフラーを首に巻いた。

「ならペイント弾は要らなかったなぁ。無駄な装備してきちゃった」

「バカ」

 そう言うと、隣でメイが怒る気配がした。
 暫く黙っていると、メイはさらに怒り始めた。

「ちょっと、無視しないでよ、キョウ」

「してない」

「ボク死んじゃうよ。キョウに無視されたら死んじゃうよ。良いの?」

「良くない」

「じゃあ無視しないでよ」

「してない」

「むー。キョウのバカ」

「バカにバカって言われたくない。メイのバカ」

「キョウのあほんたらぁ!! キョウなんてバナナの皮で転んじゃえば良いんだ」

 目を猫のように吊り上げて憎まれ口をたたくメイは、本当に可愛い。
 冷気のせいで潤んだ大きな瞳も、小柄なアヒル口も、先っぽが尖った耳も、メイの嫌いな所はひとつもない。
 メイがいなくなったらぼくは生きられない。
 だからきっと、もしもメイが死んだなら、後を追うようにぼくも死ぬことになるのだろう。

「メイ。もうすぐで着くよ。寒くない?」

「大丈夫。キョウのくれたマフラーは、どんな防寒具よりもずっとずっと暖かい。キョウは寒くないの?」

「大丈夫だよ」

 微笑むメイの存在に、ぼくの心臓は熱いくらいに鼓動するのだから。



 しくじった。

「はぁ〜い! メイ君はそこでストォーップ!! 動いたら君のだぁーいじな弟くんのキョウ君の頭は吹っ飛ぶよーアハハハ! グヒヒ、ヒハ、ヒヒ」

 ボクの頭には大口径の銃が押し当てられている。
 S&W M29。
 44口径のマグナム弾。
 熊でも一撃で殺せる威力のそれを至近距離で浴びれば、間違いなく頭は吹っ飛ぶ。
 中から破裂して跡形もなくなり、ボクの体は首なしになるだろう。

「いやぁ、つい3ヶ月前はお世話になりましたよー。お陰で今日までの取引をぜーんぶドタキャンするはめになったんだからぁ〜。危うくボスに頭ぶち抜かれそうだったんだよぉ! ま、指詰めだけで済んだけどねー!!」

 頭のイカれた男は、小指の無い左手を広げて見せた。
 そして悪どい笑みを浮かべて叫ぶ。

「だ・か・ら! 今日はお礼をしようと思ってー………アヒッ、そうだなー。キョウ君に―――フェラしてもらおうか!! いやぁ、我ながら最高の案だね! ってことでー、キョウ君、宜しくねー。あ、噛んだら2人とも仲良く殺してあげるっ!!」

「ぐうっ………」

 口に入れられた生臭いものはイカれた男のソレ。
 ライチに似た弾力のあるソレは、既に固くなり始めていた。

(きもちわる)

「はいはい、キョウ君! 舐めましょう! 舐めないと、代わりにメイ君の体が少しずつ減ってくよ!? アヒヒヒァ! 最初は小指にしよっか。ボクちゃんと同じ、左手の小指!! 3秒以内に舐めなきゃ、小指を切り落としまぁ〜す! さーん、にーい。……いーちぃ!」

 ボクと同様捕らえられた半身を見やり、ボクは男のソレを舐め始めた。
 ここで下手に噛んでも、先に半身がヤられるのは目に見えている。

(今は、従うしかないかな……)

「うーん。きもちいいー。キョウ君巧いねー! あ、さてはゲイだったりしてっ!? 相手は―――………」

 男はボクの髪に指を絡ませながら下らないことを吐き続ける。
 男は暫し考えるようにして、半身を見た瞬間納得したように目を細めた。

「メイ君だ! そうでしょ? そうでしょ!! ギャハ! ゲイで近親相姦! ウケる、まじウケる!! しかも双子でっ!? ウヒヒハッ、君らまじサイコー!!」

 興奮したのか、男は唐突にイラマチオをし始めた。
 喉奥にカリ先が当たってえずく。
 任務前はあまり食べることをしないが、少量の胃中の消化物をもどさないようにするのが大変だ。
 もし男のソレにゲロをぶちまけでもしたら、即座に2人ともども殺されるだろう。

「はぁ〜い、出すからぁ、全部飲んでねー。ないと思うけど、もーしも吐いたりなんかしたら、メイ君は死亡しちゃうからねー」

 言ったとたん、喉の奥に白濁として粘ついたモノが注がれた。

「ぐ…………ん、んぐっ………がはっ、ゴホ、う………」

 無理やり飲み込んだ青臭い液体。
 喉がイガイガとして、気持ち悪い。

「ふふ、サイッッコォーーーオ!!!」

 歪みきった笑みを浮かべて叫ぶイカれ男。
 ボクは嫌悪と怨憎が入り交じった目を男に向けた。
 それを見た男は動きを止め、さらに不気味に笑みを深めた。

「へぇ〜。キョウ君もいーい目、するねー。ぢゃあ! そんなナマイキなキョウ君には、とっておきのゲームを教えてあげよう!」

 ニヤニヤと下卑れた顔をボクに近づけて、男は唾を飛ばしながら″ゲーム″の内容を話す。

「ウヒヒ、ヒヒ、きゃははは! さあさあ、キョウ君!? 大事なダイジなメイ君を救って見せてよ!!」

 ″ゲーム″の内容は、



「キョウ君が自殺すれば、メイ君は見逃してあげるっ!!」

 男はそう言って″メイ″から顔を離した。
 そして男がメイだと思っているぼく″キョウ″の方を向き、ニヒルな笑みを作る。

「ねぇー、メイ君。ちゃあんと、見ておくんだよ、キョウ君の死に様をさぁ!!」

 ぼくらは一卵性の双子。
 ぼくらが黙っていれば、親ですら時には間違える程に容姿が似ている。
 ほとんど同じだと言っても良いかもしれない。
 そんなぼくらを1度しか見ていない男が、どちらがどちらかなんて分かるはずもない。
 たまたま、そう、たまたまぼくがいつも着けている白いマフラーをメイが着けていたって言うだけ。
 だから男は勘違いした。
 ぼくがメイだと思い、メイをぼくだと思った。

 男がメイの髪を鷲掴み、強制的にメイを立たせた。
 そして、銃をメイに向けたまま2歩だけ離れる。
 ぼくが今ここで動いても、意味はない。
 ぼくには3人の男たちが、メイにはあのイカれた男が銃を向けて警戒している。
 さらにはまだ回りには20人程のマフィアが目を光らせている。
 動いても、殺されるのがオチだ。
 今は、メイの判断に任せるほかない。



「銃を使ってもいい?」

 その言葉に男は訝しげに眉を寄せる。
 ボクが反撃をしようとしているとでも思っているのだろう。
 そんなこと、するはずもないのに。

「ボクには″メイ″がいる。半身を助ける為なら、死んでやるさ。けどせめて、最期くらいは愛銃で逝きたい。………だめかな?」

「クヒッ、良いよ良いよ。2つあるけど、どっちがいい?」

 男はボクの言葉に納得したのか、銃使用の許可を下ろした。
 捕まった時に奪われた2丁の拳銃。

「………黒い方」

 その拳銃の一方を、ボクは選んだ。
 これから共に、死に逝く拳銃を。
 受け取った拳銃はずっしりと重たい。
 持ちなれた今でさえ、長時間持っていると翌日には筋肉痛になる。
 幾度も死線を抜けてきた、半身に次ぐ半身。
 ボクはそんな相方を初めて自分へ向けた。
 今はこれまでと、シングルアクションを発動させる。
 薄く開いた視界に最期に写ったのは、焦るボクの大事な大事な半身。

(大丈夫。すぐ会えるよ、キョウ………少しの間、さようならだ)

 少しだけ違う「さようなら」を君に捧げよう。
 そしてボクの頭は銃弾に貫かれた。



 頭から血を流すメイを確認した男たちは、散々笑った後に去っていった。
 ぼくは男たちが居なくなった後も暫く地面にへたりこんでいた。
 何分か経って、やっとぼくはメイに近づく。

「……………………メイ」

 呼び掛けても、メイはピクリとも動かない。
 涙も悲鳴も出てこなかった。
 真っ白なマフラーには、大量の赤が染み込んでいる。
 赤はぼくらの嫌いな色だ。
 だってそれは死を意味するから。
 毎日毎日、人死にを見てきたぼくらにとっては、これ以上見たくない色。

「メイ、起きて…………メイ? 早く帰って、お風呂に入ろう。そのマフラーはもうダメだから、新しいマフラーを買おう。今度はお揃いで。ね、メイ。メイの体についた赤なんて、さっさと落としちゃおうよ。メイ、メイ…………ねえってば」

 体を揺すってみてもメイの目は開かない。

「メイ……………」

 メイの頬はあたたかかい。
 いつかこの温もりも失ってしまうのだと思うと、酷く恐ろしい。
 メイの首筋に顔をうずめる。

(メイの匂いがする)

 柔らかくて、甘くて、ちょっと懐かしい、メイのにおい。
 この香りも永遠のものでないのだと思うと、涙が溢れてきた。
 メイを強く抱き締める。

「……………なに泣いてんの、キョウ」

 メイの優しい声がする。

「悲しくて。メイがいなくなると思うと悲しくて、死にたくなる」

「大丈夫だよ。ボクはキョウを置いて何処かに行ったりなんかしないよ」

「メイが………」

「うん」

 ぼくが言葉につまると、メイはちゃんと待ってくれる。
 メイはやっぱり、優しくて可愛い。
 ぼくの一番大切な人。

「メイが、″さようなら″って言った時、本当に死んじゃうかと思った。怖かった」

「キョウだって、ボクが撃ったのペイント弾だって分かってたでしょ? キョウはボクよりも頭良いんだから」

 メイは笑いながら右手に握っていた黒いフォルムの拳銃を持ち上げて見せた。
 それはメイがペイント弾専用に持ち歩いている拳銃。
 メイが″ゲーム″でその拳銃を選んだ時、何をしようとしているのか瞬時に理解した。
 カモフラージュ。
 とっても簡単だけど、とっても危険な賭け。

「ペイントだって気づかれてたらどうするつもりだったのさ」

「その時はキョウが何とかしてくれたでしょ? だってキョウだもん。ボクが一生かけて頭捻っても考えつかない方法で救って見せたでしょ?」

「………………もうこんな無茶はしないでよ。いくらペイント弾だって言っても、0距離で撃てばそれなりの衝撃はあるんだから。その証拠にメイは気絶してたし」

「ごめんってば。…………もう終わったんだし、帰ろ、キョウ。お風呂に入りたい」

 頭に赤いペイントを張り付かせたまま、メイは身軽に立ち上がる。

「……………うん。お風呂入って、一緒にボスに怒られに行こう」

 苦笑したメイの顔にはこう書いてあった。

「うわ〜、嫌なこと思い出させないでよ、キョウのバカ」







キョウメイ:花言葉は「無視したら私は死にます」
「共鳴」と掛けるのも一興ですね。

お題は秋桜さまより




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あきゅろす。
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