男を取り巻くオーラが変わる。
 禍々しい、背に悪寒が走るほどの殺気を漂わせる男に好樹は半歩後退した。
 身を屈めた男は履いているジーンズの尻ポケットから、掌に収まる黒い物体を取り出した。カシャッと音がして黒い物体から飛び出したのは刃渡り12センチ程の小ぶりのナイフ。

(っつ!? 速い!)

 男の速度についていけなかった好樹の頬には細長い切り傷。ナイフで一閃されたそれは見た目よりも深傷であったのか、絶え間なく赤い血が好樹の顎を伝った。
 二閃、三閃と銀が光に反射して振りかぶられる度に好樹の体には傷が増えていく。
 まともな回避を続けるには体力が持たないと悟る好樹は逃亡の地盤を固めようとする。
「お前っ―――目的はなんだ!」
「目的? 別に、特にないよ。ボクはただあの人に頼まれたのさ。トキシロのお姫さまをぐちゃぐちゃにしてくれってね!」
「頼まれ――!!」
「ク、アーハハッ!!」
 男のでたらめなナイフ捌きに好樹は容易く翻弄される。話を続けることすらままならない彼に、銀の死線はやむことなく眼前に降り注ぐ。
「つーかぁあ!!」
 好樹は何に怒りを示したのか、男の叫び声に負けず劣らずの大声を夜の空に撒き散らした。


 

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あきゅろす。
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