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「……そ、うか」
 そうだ。巽は彼の一人息子。いつまでもおれのような人間とつるんでいるわけにはいられない、将来の決まった子供。
「そっか……もう、会えないのか」
 せめて、最後には巽の笑顔を見たかった。
 どれくらいの間そこで立っていたのだろうか。いつのまにか体は冷えきり、指先の感覚が消えていた。
 かじかんだ指から何かが滑り落ちる。目線だけ動かして見ると、それは長方形の紙だった。
 裏返しになっているそれを、上手く動かない手で拾いなおす。
「――に、せんまん」
 紙の中央に手書きで書かれた『20000000』の数字。
 寒さのせいだけじゃない震えが体を支配する。
「巽と離して……小切手渡して……それで……それでおれが……諦めるわけねぇだろ!!??」
 怒りが痛いくらいにおれの心を締め上げる。
 どうしてさっきのおれは、彼の言葉をただ聞いているだけだったのか。何故「ふざけるな」と叫ばなかったのか。
 握り潰した小切手をポケットに入れて、再び巽が入院している病院へ行こうと歩を進めようとした。けれどそれは、聞き覚えのある声に止められた。
「好樹……」
 その日は風が強かった。落ち葉がそこら中に舞って、風が当たると頬が痛いほど突っ張った。
「そこで、何してるの?」
 少し高くて、春を思わせる温かい声。
「風邪引くよ。さあ、中に入ろう? 好樹」
 振り返ると、穏やかに微笑む義兄(あに)がそこに立っていた。


 

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あきゅろす。
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