38


 拳が飛んでくる。軸がぶれていて、狙いも安定しない。ただ手を突き出すようなへなちょこな攻撃だ。喧嘩ができないおれでもそう思うのだから、愛佳辺りにとっては雑魚同然だろう。
 だが、油断はしない。守り専門としては、体力の消費が何よりも恐ろしい。相手よりも先に動けなくなったらそこでアウト。明日の日の出を病院で拝むはめになる。
 飛んでくる拳がおれの顔面に食い込むより速く、おれは奴の鳩尾に蹴りをいれてやった。動きが止まった相手の手を払い、がら空きの顎にアッパーを喰らわせる。よろめいた奴の腹にもう一度拳をねじ込ませれば、ゲロにまみれた人間の出来上がりだ。
「っ、て、テメェー!!」
 残された2人は顔を真っ赤にさせて怒った。
 2人同時に飛びかかろうとしたとき、それぞれの頭に見事な音をたてながら空き缶が当たった。潰れた空き缶はどちらも『ハチミツれもんサイダー』。超絶不味いと噂の炭酸飲料だ。
「ちょっとぉー。ボクの姫に何触ろうとしてんの? てかそのクソ汚い目で姫を見んなよ。今すぐ目ぇ閉じないとその目潰すよ? あ、それとも眼球取り出して食わせてやろうか? 自分の目ん玉食うとか、ちょー悪趣味ー」
「……………えっと、ホシ、ノ………だっけ?」
 おそらく3本目であろう『ハチミツれもんサイダー』を水か何かのように飲みながら近づいてくる人物に、おれは見覚えがあった。フードを深く被った桃色のパーカーと言い、そこから覗く歪んだ口許と言い、調子外れで一貫しない思考と言い、約1ヶ月前の夜に出会った男に間違いはない。


 

戻る*進む#

2/13ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!