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 ヒトは人を理解するために言語を使用する。それは意思の疎通手段であり、不可視の情緒を顕す道具でもある。けれど考えてみれば言葉とはそもそも空気の振動で生じるもので、信頼するに足り得るものであるだろうか。見えないし、無臭だし、一定の音量がなければ感じることも出来ない。それである音を我々の産物である音であると確証する手段が―――。
 つまり、おれの耳は誤った音波情報を察知してしまったのではないか?
「………あの。パードン?」
「え? だから、今日空いてる? って聞いて、てか何で英語だし」
 おれの耳はどうやら、正常に作動しているようだ。
「はぁ。はい、まあ。………めぼしい用は無いですが」
「なら良いや。よし、行こっ―――あ、ウチの前でタバコは吸わないこと。キライなの、その匂い」
 朱雷の言葉でおれは渋々とタバコをしまった。
 朱雷はそれを確かめて満足したのか、おれの二の腕を掴んで引っ張っる。歩き出す朱雷に困惑と警戒を抱き、半ば引きずられながらおれも彼についていった。
 強めに握られた腕を一瞥して、朱雷の横顔を伺う。朱雷の方がおれよりも長身だから、顎を持ち上げる格好になったのは仕方がない。
 ふいに朱雷がこちらを振り向き、尋ねる。
「姫はさ、何であんなことしてんの」
 尋ねる朱雷の垂れた目元が、少しだけつり上がった気がした。
「何をですか?」
「セックス―――」
 一瞬、おれの息と朱雷の息が乱れた。否、気のせいだ。
「―――前、鴇代の奴とヤってたよね。確か、鴇代の幹部だった………名前覚えてないや。で? どうなの?」
「ヤりましたよ」
それきり、会話は無かった。


 

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あきゅろす。
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