21(noside)



 会話を再開させた2人の間に、時間が経つにつれ″そういう雰囲気″が出てくる。情熱的で、艶かしくて、魅せられるような。
 店内の誰もが舌を深く絡め合う2人を黙って見ていた。その空間を壊してはならない。その行為を止めてはならない。その荒淫を否定してはならない。それは暗黙の了解。絶対の領域。
 唾を呑む音がする。
 ぴちゃ、くちゅ、といやらしい音が淫行を誇張させながら響き渡った。
 たっぷりと時間をかけて終了した接吻は情事の跡を彼らの薄い唇に残す。それならずキスという行為は周囲の観客をも発情させた。ギラリギラリ、男どもの眼光が強まる。
 シキは手元のすっかり短くなってしまったタバコを一瞥して、バーのカウンターへ足を向ける。シキの動線にいた客たちは、そろって彼に道を譲る。大勢の男たちが真二つに割れる様は、どこか珍妙で失笑を誘った。
 ゆっくりと、大股に、シキは道を進んでいく。両腕はだらりと垂れ下がり、今だキスの余韻が残る瞳は伏せられて長い睫毛が小刻みに揺れた。
「ああ、巽。やっぱり俺は、甘味より苦味が欲しい。なぁ――」
 カウンターの灰皿にタバコを乱雑に押し付けて、シキは巽を振り返る。その口元には微かな歪み。笑いとも自嘲ともとれるひきつりだ。
 またひとつ互いに触れるだけのキスを交わしたのは、たぶん、なんの意味も理由もない気まぐれなもの。
「……激しくしてよ、俺が壊れるぐれえにさ」
 上擦った声のわりに、シキの顔には表情がなかった。シキを見つめる巽の眼は、また一段と暗くなった気がした。
 彼らは熱い空気をまとわり付かせたまま、店を出て行く。
 2人の行動の一部始終を見ていたある男は、細く笑いながらロックのウィスキーを口に含んだ。男は遠雷の幹部。朱雷(せきらい)。
 2人が去った店内には匂いが残る。香水のようなそれは、目眩がするほど甘い薫りがした。


 

戻る*進む#

11/19ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!