18(one's past:noside)
唐突に、咲槻の手から好樹の一回り小さな手が離れる。いきなり立ち止まった好樹を咲槻は勢い良く振り返った。彼にしては珍しく切れ長の目を大きく見開いている。
好樹の手が離れてから暫くして立ち止まった咲槻と、好樹との距離はいささか遠い。5メートルほどの間を開けて向かい合う彼らは互いを見つめているように見える。しかし、この時好樹がコクコクとして凝視していたモノは前方に立つ咲槻ではなかった。
そのさらに先、少し上方。黒々とした忌々しい色に包まれる、これまた漆黒の瞳を持つ生物。
『カラス』
ぽつりと言った言葉は、誰にも聞かれることなく曇天に吸い込まれて行く。
つーっと咲槻の頬に水滴が走った。一度やんだ雨がまた降りだしてきた。
『好樹、どうした? 疲れたのか? 早くしないと雨が―――』
好樹の瞳は捉えた。咲槻が歩を進めるその直前、鴉が飛び立つのを。
『あ』
悲鳴にも聞こえたであろう一言を、好樹は口から溢れさせる。彼の瞳は迫る黒に囚われたまま。
『よしき………っ!』
不審に思った咲槻が好樹の視線を追うように後方を見る。そこで咲槻の声は止まった。
目前に迫る鴉に、咲槻の思考は強制的に中断された。耳を埋め尽くす翼の音に、咲槻は反応もできない。
黒い、ギラリと光る鋭利な眼は、獲物を見据えて牙をむく。瞬く間に咲槻の耳元を過ぎ去った鴉は、そのまま滑るように飛ぶ。
滑空した先にある獲物は、ただ自らの捕食者をその恐怖が浮かび上がる瞳で見つめるのみ。
好樹の眼前が漆黒に埋め尽くされる寸前。咲槻は、何かを叫びながら好樹に手を伸ばしていた。
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