11(side Luri)



 3年間隣にいて分かったことがある。この人は感情を表に出すことがない。今までこの人の凍りついた無表情以外を見たことがあったであろうか、いや。一度もないと断言できる。この人の人間らしい表情をボクは知らない。
 彼が首を巡らした拍子に、『HY』の綴りが彫られたシルバーネックレスが冷たい音を生む。軽く頭を掻いた左手には群青色の腕輪がいくつか。それらが何を示すか、ボクはとっくに気付いている。
「ホシキ……」
 髪質から足先の爪の象(かたち)まで、およそヒトとして完璧な美しさと色気を授けられたこの男は、声帯を震わせて出てくる声ですらおかしいくらいに。おかしいくらいに、いつまでも聞いていたいと思わせる、誰もを虜にする声だ。
 心から憧れる人に名を呼ばれる。回数を重ねるごとに、それはボクを狂喜させた。たとえその声音が無感動を含んでいようとも、この人に対してのボクの依存は薄れることをしない。
 彼の呼びかけに首を傾げることで応答する。普段は桜桃色のフードに隠れて晒されることのないボクの翠色の髪が、額をくすぐった。
 この人に出会ったのは3年前。好樹が両親を亡くした直後のこと。同時に、ボクがまだ無手であった頃の話。
 目を伏せて沈黙する彼を良しとし、ボクはまぶたを下ろして淡紅色の瞳を隠した。瞳を薄皮で覆ったまま、彼と出会った頃の風情を眼裏に描き始める。画と同等の鮮やかさを以て、それは眼前の朱を塗りつぶしていった。


 

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