男は両手をひろげ好樹へと微笑みかけた。雑音のない、柔らかな声で男は愛を奏でる。
「でも、ボクは思うんだ。世界の闇に触れて、自らも呑まれそうになって、子供の未熟で無垢だった心は強かに、美しく成長した。素晴らしいと思わないかい?
 ボクは君の成長に恋したんだ。あの人の横でずっと見ていて、ボクは君が愛しいと思えた。あの人は君のことが嫌いみたいだけどね。って。ちょっと!? 待って!!」
 おそらく告白であろう男の言葉を無視して、好樹は身を翻し逃亡を図る。
 走りながら好樹は顔をぐしゃりと歪めた。涙こそ出ていないが、その表情は泣いていた。
「おれの心は綺麗なんかじゃねぇよ」
 呟き、角を曲がろうとした好樹の耳に男の声が届いた。
「ボクの名前は穂司生 ルリ(ほしき るり)!! 鳴帝学園の2年だからっ、会いに来てねえぇー!!」
 その言葉は好樹を笑わせるのに十分であった。
「ばっかじゃねぇ。自分を襲った相手に会いに行く奴がいるかよ。それに何だ、好きって。意味わかんねぇ」
 好樹は笑いながら道の角を曲がってその姿を闇に溶け込ませていった。

 男、改めルリは自己紹介をして満足したのか、口元の笑みを深めてナイフをしまった。好樹を追いかける様子はない。
 ナイフを握っていた掌には汗。その手汗は緊張からきたものだ。
「はあぁ〜。告白ってこんなに緊張するものなんだ。あー、心臓破裂しそう」
 くるりと向きを変え、好樹とは逆方向へと歩き始める。
「あの人への報告、どうしよっか?」
 焦っているようには見えない緩慢な動きで、ルリは来た時と同じように闇の中に身を潜めていった。

 男2人が交差した、消えた外灯の下を痩せた黒猫が素早く走り去っていく。金の瞳は夜の闇に良く映えた。


 

戻る*進む#

9/10ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!