小説
同窓会 4(八雲)
高校を卒業してから忽然と姿を消した恋人が、実はイギリスに行ってたとようやく突き止めたのは5年も前だ。 すぐに飛んで行きたいところだったが 俺はその頃派手に動く事が憚られる状況にあった。
国外へなどとても出られる訳も無く、泣く泣く人を使って恋人の周囲の状況報告をさせていた。
2年前に恋人である哲が帰国した時、実は半年も前からそうなりそうだと言う報告は受けていたのだ。なのに何故 帰国した哲に会いに行かなかったのか。
…それはひとえに哲の方から会いに来て詫びて欲しかったからに他ならない。
俺は家庭の事情とは言え 付き合っていた俺に一言もなく姿を消した哲にかなり怒っていたし、いや、わかる。俺にそれを告げるのがどんなに辛かったか…行くに行けなくなるから…と考えたであろう哲の、その時の葛藤を考えれば無理からぬ事だとも理解出来はするのだが、…やっぱりその頃の俺は まだガキだったし深く傷ついた訳で。
哲が会いに来てくれるのを 今日か明日かと待ちわびて、とうとう今日の同窓会当日迄来てしまった。
哲の写真は毎日のように報告と共に上げさせていたが、直に見る哲はあの頃より半分くらいに細くなり、ふくよかだった身体もまん丸で微笑ましかった頬もふっくら柔らかかった手の甲や指もげっそり肉が削げ落ち、固くなっていて、俺は涙が出そうになった。鼻と目の奥がつんと痛み、ぐっ と堪えて哲を抱き締める。
言葉もろくにわからない異国の街でどんなにか苦労したのだろう。俺に会う事も出来ずに枕を涙で濡らした夜も多かったに違いない。
寂しさに耐え辛さを堪えて、並々ならぬ努力を重ねて哲は今の磐石な地位を築いたのだろう。
…と 納得しながら抱き締める腕に力を込めると 哲から
「 …八雲、ちょい痛い… 」
とクレームが入った。
「 あ 悪い。」
力を緩めると同時に哲が後ろに身体を引き、すり抜けてしまった。 くっ…。
相変わらず照れ屋め。
「 八雲、ありがとう。つまり八雲は俺を待っててくれたって事だよな。」
微かに笑みを浮かべ静かに語りかける哲はあの頃のままの穏やかさだ。見た目はまるきり変わってしまったようでも、その瞳の秘めた光は変わらない。
「 当然だ。お前が会いに来るのをずっと待ってた。」
わかりきった事を。
「 …うん、そうか。ごめん。連絡も何もしなくてほんと悪かったよ。…ところでさ、それについて話すのはここではちょっと支障があるかなと思うんだが… 」
「 …ここ?」
見回すと俺らの会話の成り行きを見守る(?)元クラスメート達。大半ニヤニヤ、後は物珍しげに。
「 … 確かにな。… 場所変えるか… 。」
「 え? いや、じゃなくて…その話はまた次回ってか… 」
「 逃がさねえぞ哲。…今日と言う今日はな。…近くに行きつけの店があるから部屋用意させる。ちょっと待ってろ。」
「…や、俺今日は同窓会に…、」
哲が何か言うのを遮るように店のドアが開いて部下の一人が歩み寄り、俺に耳打ちする。
「 …わかった、ご苦労。 哲、じゃ、行くか。」
店の予約は俺の様子を逐一伺っている優秀な部下達が会話の流れを読んで済ませてくれていた。
「 …八雲、お前今どういう仕事してんの?」
哲が会釈して出て行く部下の後姿を目で追いながら静かな声で問いかけて来た。
「 矢島興業。」
「 … 手広くやってるよね、確か。」
―… 矢島興業。つまり経済ヤクザ。
金融 風俗 水商売だけには留まらず、堅気の飲食部門や人材派遣業など広い方面で実は幅を利かせている。完全合法化された表の顔も持った、多分現在日本で一番力と金を持った裏組織。
「 … そうか…道理で… 。」
何となく納得、と驚愕もあるのか 微妙な表情の哲と周囲。
「 いや、単に身内の稼業に入っただけでな。」
「 …身内?」
「 ああ。会長が爺さんで社長が叔父貴でな。」
ざわっ
やっぱホンモンだったか…
とか 聞こえたが気にしない。
「 とにかくここにはもう用無しだ。行くぞ哲。」
哲の手首を軽く掴み、引き寄せた。シュウに目線をやる哲。ひらひら手を振り、またな、と言うシュウ。
諦めたように またな、高原。と哲も返し 大人しくついて来た。
「 悪いな、また今度埋め合わせを。」
シュウに一瞬だけ目をやり言えば、
「 今度ウチの店に二人で食いに来て〜。」
と 笑って手を振られた。 相変わらず気の良い奴だ。
「 ああ。必ず近い内に。」
「 お待ちしてま〜っす。」
沢山の視線に見送られ店を出ると傍の通りに横付けされた黒い車の扉を部下が開いた。哲を先に乗せて自分も乗り込む。
運転席と助手席には黒いスーツの部下二人。
車が走り出すと 暫く沈黙していた哲が口を開いた。
「 高原の店って?」
「 知り合いだか先輩にあたる人間がオーナーのイタリアンでホールマネージャーをしている。結構美味い店だ。今度行こうか。」
「 …へえ。似合うな。…イタリアンは好きだよ。」
哲が高原にある種の感情を抱いていたのは知っていた。
しかしそれは単に淡い想いだったと認識している。
哲は確かに俺を好きだった筈なんだ。
何故なら哲は 高原を見つめる以上の熱い瞳で俺を見つめる事が ままあったのだ。
あんな目で俺を見ていながら惚れてない訳がない。俺はその目にほだされた訳だし、俺達は相思相愛な筈だ。
そして それを今からじっくりと確かめる為に、これから二人きりになれる場所へ行くんだ。
隣に座る哲の手に指を絡めながら 俺は緩く微笑んだ。
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