[携帯モード] [URL送信]

小説
同窓会 5(御崎)


車が静かに停車してドアが開かれた。


「 こちらです。」


助手席にいた部下の一人らしい黒スーツが恭しげに頭を下げながらある方向を指を揃えて指し示す。

そこには立派な門構えの旧い日本家屋と その前に着物姿のご婦人が。


「 女将 久しぶりだ。」

「 まあまあ、八雲の若様。最近お見限りで心配しておりましたのに。お父様もお変わりなく?」


品の良い 60代程の、若い頃にはさぞ美しかったのだろうと想像出来る優しげなご婦人。そうか この料亭の女将さんなのか。


「 あら…お連れ様は確か… 」

「 御崎の外戚だ。」
「 まあ 道理でお顔に覚えが。…ごゆっくりなさって下さいまし。」


女将は緩く微笑み、それからはもう余計な事を喋るまいと思ったのか、俺達を離れの座敷に案内した後は一通り酒と前菜を揃えて

「 では、後は御用の折に… 」


と言い残して去って行った。

成る程な。

多分 政治家や または大企業の上層部や それに近い、そんな客らを受け入れ慣れている。そんな店なんだろう。

席の外し方も実に手際良くさりげなかった。


「 品の良い女性だな。」

「 元々は公家のご令嬢らしい。世が世なら ってやつだな。…まあ、公家とは名ばかりで内情は火の車でこういう商売を始めたらしいが。今じゃ高級官僚や財界人の顧客を多く抱えた老舗だ。」


「…成る程な。…だから俺の事もどっかで?」

「 だろうな。何らかのパーティーや後援会とかに顔出さなかったか?」


言われて思い返してみるが 帰国して幾つも顔を出さざるをえなかった中の一つかな、と結論づけた。 だって何百 何千の人間の顔なんかいちいち覚えてられない。仕事関係やこれからパイプ繋げたい相手なら別だが…。



「 … とりあえず、 お帰り 哲。」

「 …ただいま、八雲。」


御猪口を軽く触れあわせると 涼やかな音が小さく響いた。

八雲は日本酒派なんだろうか。と 考えながら琥珀色の液体を煽る。 久しぶりのアルコールに一瞬喉が焼けた。


「… なあ、何で…」

八雲はちびちびと2、3回に分けて御猪口を空にして また自ら手酌して俺にも注いでくれた。

注いでくれながら その唇からは俺に対する疑問が溢れて来る。

何で… 。 多分 色々な何で が彼の中を占めてるんだろうな。 何で黙って居なくなったのか 何で連絡一つ寄越さなかったのか 何で帰国したにも関わらず何の音沙汰も無かったのか 何で、 … 。

「 … うん、ごめん。」

とりあえず謝るしかできない。

「 悪かったよ。でもあの頃の俺は突然の状況変化に対応するのが精一杯だったし 正直… お前が俺をそこまで想ってくれてるとか全く思わなくてさ。 …俺なんか居なくなっても別に変わらないだろうと思ったんだよ。」

「 んな訳あるか。…俺がどんな思いしてたと思ってんだ。俺が、どんだけ… 、くそっ 」

思い出してやりきれなくなったのか、二杯目をぐいっ と煽る八雲。

「 …うん、ほんとに… すまなかった…。」


頭を下げて、それから八雲をちらりと見上げると、眉を下げて微妙に泣きそうな顔をした八雲と目が合って 若干どきりとした。

こんな顔を見たのは初めてだ。

八雲って男は、いつもどこか悠然としてて 余裕があって、大人びていて。こんな頼りなげな表情なんて見せた事は無い。恐らく、誰にも。

だから なんだろうか。

胸が締め付けられるような… そんなやるせない気分になるのは。

罪悪感を刺激されて、俺は心持ち項垂れてしまう。

こんな男にこんな顔をさせてしまった。


「 … 俺は変わらずお前を想って今日迄来た。 …お前はもう俺を忘れてたんだろうな。」

淋しげな声と口振りが色っぽい。

…いや、別に変な意味じゃなくて 男の色気って話であって…

「 いや、忘れてなんか… 」


正直さっきは忘れていたに等しい。等しいが、そんな酷な事は今の俺には言えない。

追い討ちをかける趣味は無いし…それ以上にこいつを追い込むとどうなるかがちょっと怖い。

俺 大丈夫なのか。こんなとこにノコノコ着いてきて。


「 …ほんとかよ。…お前 さっき俺を見た時、ちょっとアレ?って顔してたじゃねえかよ。」


「 …いや、急に声かけられたから驚いただけだ…。」

うん、なんか言えない。

「 ほんとかよ…嘘くせえなあ…。」


疑やしげに目を眇めて俺の表情を探ろうとする八雲。

案外鋭いな、八雲のくせに。


「 ああ ほんとに。お前を忘れたりしない。」


それは本当だ。

八雲の事は実は結構な頻度で思い出していた。

嫌いで交友を絶った訳でもない。単に俺が八雲の気持ちを推し測り損ねていただけで、確かに八雲の事は結構好きだった。ただ、一定以上に好意を持つと馬鹿を見るのは自分自身だから、と戒めていた部分があったから、友情にも…もしかすると愛情にも 発展する前に諦めてしまう癖がついていたのだ。
色々なコンプレックスがあの頃の俺に歯止めをかけていた。

…もしかして 俺にもう少し勇気があれば…、色んな事が変わったかも知れないのに。

高原の事はともかく、八雲との関係も 他の奴らとの関係も。

「 … 俺はお前を待ってた。… だけどな、今じゃ正直迷ってる。… 俺、待ってて良かったのか?」


「 … 八雲…。お前らしくもない。…随分と気弱になったな。」

「 …そうさせたのは誰だと思う。… ちゃんと答が聞きたい、哲。… 迷惑、だったか?」

「 …八雲… 」


男臭い綺麗な顔立ちが泣きそうに歪んで、その眉が寄り目が潤む。

ヤバい、これは…

「 迷惑な訳無い。嬉しかった。だけどな… 」

「 だよな!恋人が待ってるってのに迷惑な訳ねえよな! 良かった…。哲、お前 浮気なんかしてねえだろな?いや、報告はちゃんと上がってるから信じてはいるんだけどよ。…お前の口から聞きたいってか?」

「 いや、だからな、八雲… 」

「 何だよ、まさか… 」

「 や、してない。絶対してない。」


「 だよな!うん、信じてるぜ。愛してんぜ、哲。」

「 …… うん、 ありがとう。嬉しいよ。」

駄目だ。何だか俺は、昔からこいつのこのペースに太刀打ち出来ない。 つか 勝てない。

さっきみたいな顔を知ってしまえば尚更だ。


「 哲、…愛してんぜ。…もう離さねえ…。」

ずりずりとにじり寄って来て 俺を抱き締め拘束する太い腕。懐かしい匂い。

煙草と 少しの男物の香水と、八雲自身の体臭が混ざった、安心感のある匂い。

それに包まれたらもう何も言えなくなった。

「 ―… ああ、俺もだよ…。」


こんなに愛してくれてるなら、これから愛情を育てていくってのもアリかも知れないよな。

抱き締めてくる力は強いけど思いの外優しい。

俺は目を閉じて 降って来た唇を受け入れた。




[*前へ][次へ#]

7/114ページ


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!