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小説
同窓会 2(御崎)


喧騒を抜けた先にあったその店の、 通された座敷。

見知った顔を何人か見つけたが やはりあちらは無反応だった。そりゃそうだよな。

体型も それに伴い顔立ちも多少変わっているし 何より見た目的にはエリート然としたスーツ姿の俺は 集まっていた連中とは明らかに雰囲気が違う。

同じ高校出身と言うにはあまりにも。

普通のサラリーマンぽいのもちらほら居るには居るが まともそうとは言えない輩もまたちらほら混じっていて あとはカジュアルな服装の自由業と言う感じの連中も多い。

でもこれがあのろくでもない生徒ばかりを集めてた高校の元生徒達だと思えば、人間何とか大人になるもんだな、と感慨深い気持ちにもなる。

俺はとある事情で 高校卒業後 予定していた大学には通えなかった。というか、母親の再婚に伴い渡英せざるを得なかったのだ。

再婚相手には子供が居らず、俺はかなり可愛がって貰ったし、となるとその恩にも報いねばなるまい、と考えた。 再婚相手はかなり大きなグループ企業の創始者一族の出身で、その傘下の会社を任されている実力者だったのだ。
それなのに、不出来な俺を、息子と呼んで可愛がってくれる人格者でもあった。
俺は思った。

これは自分を変えるチャンスでは無いのか と。

優秀な家庭教師を雇い、血の滲むような努力を重ねて俺はそれなりに名の通った大学に入り直し 経営学を必死に学んだ。
全て義父の恩に報いる為に、将来義父の片腕となる為に。

そして 自分を変える為に。

出来損ないで 意気地が無くて 不恰好な、何一つ誇れる物の無い自分。

俺は生まれ変わりたかった。

全てを、生まれ持った全てを 出来うる限り最高水準に押し上げる為に、自宅にジムを作り トレーナーを雇い、身体すら造り変えた。
痩せてみると 自分がそんなにまで不細工な訳でもないとわかった。

「 良かったよね。痩せてもさ、土台がそれなりじゃなきゃ美人にもイケメンにもなれないもんな。 哲、顔立ち良くてラッキーじゃん。お母さんに感謝しなきゃな。」

近所に住んでいた小学生からの幼なじみは そう言いながら俺の髪にハサミを入れた。

日本に帰って来て 何年か振りに会った幼なじみは美容師になっていて、幼い頃からの夢を叶えていた。

すっかり痩せてきちんとスーツは着ているが 髪は不精して伸ばしっぱなしで後ろでくくっていた俺を 暑苦しい と一喝した幼なじみは 俺を自分の店に引き摺って行き 綺麗にバッサリとカットしてくれて 緩くウェーブがある方がまとめ易くなるし 似合うだろうと言った。
確かにそうした俺は自分でもちょっと良いんじゃないか?って位にはイケていた。

「 これならスーツで緩く髪上げてもキマるしさ、メガネも変えなよ。スタイリストになって見立ててやるからさ。」

そう言って笑う幼なじみ。
それ以来あいつは俺のお抱えスタイリストになった。 昔からセンスが良くて いつも女子ウケが良くて 流行りの恰好の似合う幼なじみを俺は羨ましく思っていた。
美容師はヤツの天職だろう。

久々に会ってもやっぱりヤツはイケていた。

顔立ちの雰囲気を活かす為に 敢えて細いフレームのメガネに変えた俺は どこからどう見ても育ちの良い苦労知らずの御曹司に見えるらしく 義父の親戚らの態度も徐々に変わり出した。 今まで煙たく思っていた、垢抜けない庶民出の母子、と あからさまに見下されていたのが、俺が好成績で大学を卒業し、義父の傍で働き出してそれなりに成果を挙げ とどめに容姿迄それなりになった今、もう俺を敵に回しておくのは得策じゃないと踏んだんだろう。中には相変わらずの義従兄弟や叔父もいたが 大半は好意的なものになった。ただ、今度は矢鱈に縁談話を持ち込もうとする連中が増えたり 自分の娘とくっつけようとする奴が出て来たりで 若干辟易もしている。

それもこれも 2年前に日本に戻ってから つい最近の事だ。
そう、俺がやっと人並みに自信が持てるようになる迄に 約十年。

そして、晴れて俺はこの席に臨んだのだ。

今なら、今なら 高原と、人並みに話せるんじゃないか。

彼の隣に立って話しても、そこまで見劣りせず恥ずかしい思いをせずに済むんじゃないのか。


俺は高原の姿を探した。

高3のクラスのたかだか30人ちょい。

それなのに高原は見当たらない。

まさか 欠席…

周囲からの視線を受け流しながら俺はその可能性に頭を占められ、思わずため息をつきそうになった。


「 あっ!河村!」

突如後方から澄んだテノールで旧姓を呼ばれた。

聞き覚えがあるけれど あの頃よりも落ち着いたトーンに聴こえるのはやっぱり大人になったからか。

振り向くと そこには今しがた来たらしい、黒いカジュアルなジャケットとジーンズの麗人が 相変わらずの美しさで立っていた。

頬からは あの頃まだ少し残っていた柔らかな甘さが削げ落ちていたが その代わり艶っぽい色気が彼を取り巻いていた。
相変わらずのスラリとした長身に細腰。
男としても完成された美しさだと言うのに 何だろうか、この、胸をざわめかせる 徒っぽさは。

甘いばかりだった薄茶色の澄んだ瞳に 今は引き摺り込まれるような官能が宿っているようで 見ていて思わずぞくりとした。

「 よくわかったな、俺が河村だって。」
何気ない風を装いながら 若干の緊張を悟られまいと微笑んだら、高原も悪戯っぽく笑い、

「 俺は食い物をやった奴は忘れねえの。貰ったのは普通に忘れるけどさ。」

と言った。

「 … 覚えてたのか。」

たった あれだけのやり取りを。

「 というか 一瞬誰かと思ったけど。

河村スゲーイケメンになってんだもん。」

高原が喋り出した事で俺の正体が徐々に発覚し出して、周りがざわついて来た。
え 河村?河村ってあの?

みたいな声が あちこちから。


「ありがとう。高原にそう言われると凄く嬉しい。 …実は卒業前に母が再婚してさ、今は御崎なんだ。卒業してからすぐ日本を離れて、2年前にやっと戻れた。」

「 ああ だから前回来なかったんだな。…そか 御崎なんだ、今は。」

それにしてもパリッとしちゃって〜 と 高原はまじまじと俺を観察し、至近距離で言った。


「 外国暮らしだったのか。それにしても見違え過ぎ。…俺だってそれがなきゃわかんなかった。」

「 … それ?」

訳がわからないまま至近距離迄詰め寄られ ドキドキしながら綺麗な高原の肌を見つめた。


「 首の後ろにさ、黒子ってか 痣がな。 昔は髪の隙間から見えるかな程度だったけど今はすっきりしてるからさ、襟足。たまに見えると得した気分だった。」


高原は当時を思い返しているのか、くすり と笑いながら目を眇めて俺を見た。

俺は衝撃を受けていた。

高原がそんな、俺自身ですら気付かなかった事を 気付く程俺を見ていた事に。
あんなに目で追ってたのに視線が絡む事なんか皆無だった。俺だけが彼を見つめていた、と。いや、実際そうなんだろうが、ほんの時折でも彼が俺を気に留めていた事が 本気で意外過ぎた。


「 … 高原がそんな事知ってたのに驚いたな。完全に無関心だと思ってたのに。」

少し顔が赤くなっている筈だ。 メガネを押し上げながら下を向いてみた。

意外だけど嬉しい。
「 そりゃ同じクラスに居るんだから目につくさ。でもその黒子を見つけたのは多分俺だけじゃねえかって思ってた。」


まあ クラスの他の連中だって俺に関心は無かっただろうからな。 逆に知ってるって奴が何人かいたら引くわ。

そう思って周囲を見回すと 俺達が結構な注目の的なのに気付く。 高原を見ているばかりじゃなさそうだ。数々の視線は俺の首筋と言うか 件の襟足辺りに熱烈に注がれていた。


「 そっかぁ、お前 河村なんだ。…わっかんねえ筈だよな、そんな美人になってちゃさあ。」

不意に降って来た低い響く声。

見ると 見覚えのある顔の、ビジネススーツを着崩した長身の男が俺達に近づいて来ていた。

…えっと… こいつ、確か…

「 …八雲、か…、お前。」

「おう 良くわかったじゃねえか。八雲惣司だ。」


八雲。


存在感の無かった俺に たまに構って来ては 昼飯に連れてかれたりした。珍しくて、でも最後まで心中を計り切れず 卒業渡英と共に途切れた交友関係。

敵意は感じなかったが 好意を読み取るには俺は好意を受け慣れていなかったから 真意がわからず困惑しか無かった。 八雲も何も言わなかったし、仕方ないと思う。


「 俺に何も無しで十年。家庭の事情だからって目を瞑ってやったけどよ、帰って来ても一向に音沙汰無しって何だ? …しかも俺を差し置いて シュウって。…哲、テメエ 覚悟は出来てんだろな。」

「 …え?」


八雲が一気にまくし立てた言葉の内容が理解出来ない。

「 …えっと… 悪い…?」


確かに幼なじみ以外には何も言わずに渡英した。でもそれは伝える程に深い関係を築いてた相手がいなかったからであって、えっと…八雲は…

「 俺はテメエの彼氏だろうが!」


「 … はっ…?」

耳を疑う俺、どう見ても笑いながら激怒している八雲、(コメカミと眉間の青筋… ) そして面白そうにニヤニヤし出した高原。と、時が止まった周囲。本格的に八雲の言葉が理解出来ない…。


… 母さん 義父さん、大変です。

俺、自分から飛んで火に入ったのかもしれません。


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あきゅろす。
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