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Tell Me
アナ姫の救出 人間の王子


人里離れた森の中。ここでは自分のため息ですら響く。
そんな場所に馬に跨がり、黒いローブのフードを目深に被った男が1人。


「はぁ、ここまで来たか。

…人?こんな森で?」


わずかな馬の蹄の音。
なにかに惹き付けられるようにその音の方へ馬を走らせた。


…━



ビュンッ

「私はいつでも貴方がたを狙い射てます。即刻立ち去りなさい。」

放った矢は真ん中の男の耳を掠め、驚いた男は馬の手綱を強く引いたたために馬から振り落とされた。

姫であるアナの凛の姿。これをエルフの国の者が見たらすぐに平伏すだろう。
だが、ここにいるのは下衆な人間なのだ。美しいアナは彼らにとって最高の獲物。これを逃すはずはない。

弓矢を受けたにも関わらず汚い笑い方をする男たちがアナにとっては背筋を凍らせるほど恐ろしく見えたのだ。

馬から降り、それぞれに剣を構え、じりじりとにじり寄ってくる男たち。

初めてのことに恐怖で指先が震えていたが、慌てて弓を構える。


〈アナ、射って!!
あいつらアナに酷いことする気だよ!〉


だが、生きているモノを射ったことがないアナは、

私には命を奪うことなんて出来ない…。


弓を放つことが出来なかった。瞳をぎゅっと瞑る。

〈アナ!!

う、うわああぁ〉


ザシュ


「え!?」


ジンの叫びと何かを斬る音に驚いて目を開けば、目の前にはさっきまで自分を襲おうとしていた男たちが腹から胸から血を流して倒れている。その倒れている3人の真ん中に血のついた剣を持っている黒いローブを頭から被っている男。

少し離れた所には下衆な男たちの馬と恐らく彼らを殺したであろう男の黒い馬がいた。

そんな状況を何故か冷静に観たアナだったが、ジンが暴れだしてそれどころでは無くなってしまった。

〈うわああぁ!!此方に来るな!〉

黒いローブの男が此方にやって来たから、いや、彼が持っている血のついた剣がジンには恐ろしかったのだ。

だが、ここは崖っぷち。少しでも後退すれば谷底にまっ逆さまだ。


「きゃあ!ジン、落ち着いて!!ジン、ジ…ン…」


だが、我を忘れて男を追い払おうとしたジンは前足を高く振り上げ、地面に地響きを轟かせようしたことから、後ろのアナは振り落とされてしまったのだ。後ろの崖に向かって。


「くそっ!!」


その時アナが見たのは夕日が森に落ちて行く様と、黒いローブを着た茶髪の男が必死に自分の腕を掴み、抱き寄せるところだった。


バシャーン


〈あ、アナっ!!アナー!!〉


ジンの嘶く声も崖から落ちたアナには届かなかった。



…━



パチパチパチッ

何か右が熱い…?

うっすらと瞳を開けるとそこには、

「あ、気がついたか?」


見知らぬ男の顔がドアップ。


「………きゃああぁ!!っいったあυ」

驚いて、勢い良く起き上がったが頭痛によって再び元の位置に戻ってしまった。

元の位置とは男の膝の上。
アナは男に膝枕をして貰っていたのだ。

「まだ安静にしていた方が良い。庇ったつもりだったんだが、頭をぶつけてしまったみたいなんだ。」


ぶつけたのか、道理で頭に鈍痛が響いている。


「…え?庇ったって?」


眉間に皺を寄せる黒ローブの男。
この女、覚えてないのか?

「…下衆な男共に襲われてる所を助けたんだが、君の馬がビビって君を振り落としてしまい、崖に落ちた。その君を助けようと俺も飛び込んで、抱き抱えたまでは良かった。だが、予想外に高い所から河に飛び込んだために俺も意識を飛ばしてしまって、ここまで流れ着いた。まあ、こんなとこだ。」


長いセリフを息継ぎもせずに言い切り長いため息を吐いた。

何となく思い出してきた。
崖下の河に落ちたのね。

「あ、あの…見ず知らずの私を助けたためにこんなことになってしまって大変申し訳ありません。」

起き上がれないが目線で器用に謝る。

「あの時は…いや、何でもない。気にするな。

まだ夜だ。安静にしてなきゃいけないんだからもう少し寝てろ。」

言い淀み、複雑な表情をした男はアナの額に手をあてる。すると、ゆっくりと瞼が落ちていった。


「おや、す…み」


「ああ。おやすみ。」

アナの額にキスを落として。

見ず知らずの人に言えないだろう。君を助けようと心で思ったのではなく、勝手に身体が動いただなんて。



…━


ん、眩しい…もう朝?
身体が温かい…ジン?

ううん、違う…ジンは私を抱き締められないもん。

じゃあ、誰?


パチッ

「あ、あぁ…人間だ。」

昨日助けてくれた人間の男が自分を抱き締めて眠っている。
昨日は良く見なかったが、その男はウェーブのかかった焦げ茶色の髪を持ち、日に焼けてはいるが精巧な顔立ちで、少し無精髭がはえているが、きっとモテるのだろう。
そして、自分を抱き締めている細いががっしりと筋肉のついた腕、男が薄いシャツだからか直に心音が聞こえ、広く固い胸板に心なしかドキドキしてくる。
兄や使用人でしか男を見たことがなかったアナは好奇心から男の頬を触ったりつついたりしていた。

ガシッ

「ふぁ!?」

「いつまでやってるんだ。」

触っていた手を握られて、朝だからか低い声。
そして、伏し目からゆっくりと開かれる瞳を見て思わず見とれてしまった。

顔に熱が集まる。
色気ありすぎだよー!!

「ふわぁ。もう朝か。あ、君の服乾いたみたいだ。ほら。」

立ち上がった男は焚き火の側の木に引っ掛かっていたローブとドレスを投げてきた。

服…?
自分の身体を見るとドレスの下に着ていたネグリジェのような下着を身に付けているだけ。

慌てて毛布代わりの男のローブを引き寄せた。真っ赤な顔で。
急いで洋服を身につけて近くに脱ぎ捨ててあるブーツを履いて立ち上がった。

「あ、あの、昨日は助けてくださってありがとうございました。

では、さようなら!!」

お礼を言い、直ぐ様後ろを向いて歩いていこうとした。だが、

「あ、おいっ!!待てよっ。
こんな森の中なんて盗賊がいっぱいいるんだ。危ねぇよ。」

慌ててアナの手を掴む男。

「ですが、早くしなければ兄弟が心配します。
それに、貴方にこれ以上迷惑をかける訳にはいきません。」

「だから、心配なんだって!!
ここが何処かも分からないのに、また迷子になるぞ。
俺が送ってってやるから1人で行くなよ!」

怒鳴るように言う男。
だが、瞳は真剣で本当にアナを心配してのことだと分かったのだ。

「迷惑なのに、良いんですか?」

軽く涙目、上目遣いで男を見上げるアナ。

「迷惑じゃねえよ。ほら、さっさと飯食って行くぞ。」

ぶっきらぼうな言い方だが、ただの照れ隠しなのだ。

「はい!」

目尻に涙が溜まっているが満面の笑顔で返事をした。

男の顔が赤くなったのは言うまでもない。



「ところで君は何故あんな森奥にいたんだ?」

食事を終えて、川沿いを歩いていく2人。
河に沿って歩いて行けば、たどり着くだろうと思ってのことだ。
石やら岩やらで何度も転びそうになるが、そのたびに男が支えてくれる。

「えぇ、神獣を探してたら思いの外奥に入り込んでしまったの。そしたら変な人に追いかけられるし、崖から落とされるし昨日って厄日だったのかな?
でも、貴方みたいな人間に会えて良かった!ありがと。」

くるくる表情は変わるが最後のアナの笑顔を見てしまい、耳まで真っ赤にした男は直ぐ様顔を背けて口元を押さえる。

やべーって殺人並の笑顔だ。

ここにエルフの者がいたら全力で頷くだろう。


「そういえば、貴方の名前聞いてなかった。何て言うの?」

「え?俺を知らないのか?」

「貴方って有名なの?
ごめんなさい。茶髪に茶目っていうことはエルフではなく、人間よね?
人間のことは詳しくないのよ。」

「…は?エルフ?」

俺の聞き間違いか?

「えぇ。私の瞳、蒼いでしょ?エルフの瞳、私の自慢なんだ!」

蒼い瞳はエルフしかいない。もう伝説としか言いようがない色。
善の表れと言われている瞳だ。

「あ、本当だ…。

え?君、エルフなのか?」

「んー、ハーフかな。お母さまは人間なの。私を産んで死んじゃったんだけど。」

「そう…か。

…初めて見たな。実在すると言われてもエルフって神話だけの存在だと思っていたが…」

「実在しなきゃ私は何なのよ?

まあ、エルフにとっては貴方みたいな人間の方が神話だけの存在よ。
私は半分人間だけどお母さまはもういなかったし全然知らないの。

そうだ、貴方の名前は?」

だいぶ話がそれてしまった。

まだ疑っている目をしているが

「俺は、ラファエル・グレイス。19歳。今はただの放浪者だ。君は?」

「私は、アナ・ブレスリン。15歳。
エルフの国王の娘。

貴方はただの放浪者じゃないでしょ?
エルフに隠し事しても無駄。すぐに分かっちゃうんだよ。」

ウィンクをするアナはまさに天使のようだ。

「…人間国の王子だ。だが、父上に頼んで旅をさせて貰っている。」

「そう…。よろしくね、ラファ!!」

「ああ。よろしく、アナ。」

流し目で微笑むラファはやはり色気があり、アナは真っ赤になってしまった。



「だが、行き先がエルフの森とはな…。
神話でしか聞いたことねぇよ。」


「あながち神話も間違ってないってことだよ。
分かんなくても近くになれば私の声がジンに届くはず!!」

「ジンって?」

「一緒にいた白馬。友達なの。」

「ああ、あの暴れ馬か。
エルフは動物でも言葉を交わせるのか。」

「ジンは暴れ馬じゃないよ、まだ幼いから血のついた剣が怖かったの。

言葉を交わすんじゃなくて心を繋げて声を聞こうとするの。
貴方とだってきっと出来るようになるよ。」

「じゃあ、変なこと考えられないな。」

「もう!茶化さないでよ!」

怒ったように言うが、顔は笑っている。
2人はどちらかともなく笑いあった。


「でも、さすがにこの滝を登って行くのは無理じゃない?」

「…確かにな。街道が近くにあるはずだ。ああ、あれだな。
遠回りだがそっちの方が良いだろう。どっかの街に馬貸し屋があるかもしれない。」


「そうね。此所はちょっと歩きにくいし。」



そう言って街道を進んで行った。





〈アナー!!どこにいるの?〉

一晩中探しているが見つからない。
もう近くにはいないのだろう。

〈早くノエル様に伝えなきゃ!!〉


一頭の白馬は全速力で森を突っ切って行った。



「どうしましょう?アナもジンも戻って来ませんわ。」

心配そうに頬に手を当てて話すのはアナの姉だ。一睡も出来なかったのだろう。目の下に隈ができている。
彼女だけではない。この部屋、アナの部屋に集まっているアナの兄弟全員に隈ができている。

兄たちは森を探しに行ったのだろう。服はくたびれてローブは土だらけ、疲れているようだ。


「3日も帰って来ないなんて…」

自分たち以外の誰かにアナが見つかれば…
エルフの民はアナの存在を知らないのだ。

人間から隔離した世界に住んでいるのにアナが人間とのハーフとバレれば今の平穏が保てなくなり、世界は秩序を失い、崩壊してしまう。

だから、兄弟たちはアナを城から連れ出したことがないのだ。
勿論、全員にとってアナは腹違いの妹だが、全員アナを愛していた。
可愛いからこそ誰の目にも触れさせないようにしていたのかも知れない。
それがアナを苦しめていたとは思ってもみなかっただろう。

だが、一番近くで見ていたノエルは知っていて、それでも見てみぬふりをしていた不甲斐なさからアナのベッドの横にひざまずき頭を抱えている。

森に出ていくアナを止められなかった。友達がジンしかいないことを知っていて、可哀想だった。弓矢の練習や本で時間を潰すしかなく、図書館で城外の世界の本を読みながら哀しそうに微笑んでいるのに胸が痛んだ。だからエルフがいない森では自由に動き回らせたかった。
それが、裏目に出るなんて…。

アナ…お前はどこにいる?






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