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忘れてた





私の朝はそれなりに早い。
理由はいつかに言った通り、やることがなく必然的に就寝が早かったからだったが、書物を手に入れた今でもなお早い。

だって、この時代の室内照明は行灯が主流だからねぇ。
幾ら菜種油が荏胡麻より手に入り易くても、高いもんは高い。しかも、部屋にも一応置行灯があるけどこれまた暗い。視力落ちる。

結局は朝早く起きた方が建設的だという結論に至った訳だ。

早寝早起きをしてまず気になったのが明るさで、空が白み始めるのをちゃんと寝てから見るのは不思議な気分になる。徹夜でなら見たことあるんだが。
そしてのそのそと布団を脱け出し、健康のためにも身体を動かす。子供の頃の運動量って後々重要になるからさ。やり過ぎも成長の妨げになるけど。

閑話休題。
そういう生活の中、お姉ちゃんは勿論のことお母さんより早く起きる事もあるのだが、実は未だにお父さんの外出を見送れた試しがない。

偶に出掛けてるんだよね、あの人。しかも平均五時六時起床で気付けないくらい早くに。
どこに行っているのかは訊いても教えてくれなかった。ただ、仕事とだけ。


それが珍しく、というか初めてその場に居合わせたものだから私は真面目に驚いた。日が出るか出ないかの時間のこと。

「おとーさん、出かけるの?」

気付いていなかったのか、声に振り返ったお父さんは少しだけ目を大きくしている。見送りに出てきたのだろうお母さんまで。

「総悟か、早いな」

「そうね……。そーちゃん、お父さんはこれからお仕事なのよ」

お母さんに抱き上げられ、それでもお父さんを僅かに見上げる。

仕事、ね。
部屋着より比較的キッチリとした袴に腰に差した長い日本刀。月代が狭くて髷が後ろに偏った銀杏髷。武家結いか。

時代的に見たら藩士か浪士か役人かってところだけど、家の構えはそこそこだし刀はともかく衣服もそこそこ。普通の足軽よりはちょいいい身分と見て、下級武士とかかな。苗字は知らないけど帯刀してるし。あれが脇差って長さではないのは確かだ。

「……気をつけてね」

「あぁ。総悟もいい子にしてるんだぞ」

「あら、そーちゃんは普段からとてもいい子よ?」

「はは、そうだったな」

まぁ中身は可愛いよい子とは程遠いけど、外面の完璧さには自信あります。心配無用。

「じゃあ、行ってくる」

「えぇ。お気を付けて」

私は手を振って見送り、からからと閉まった玄関の戸でお父さんは見えなくなった。




20101006



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