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Short Novel
後ろ向き
ミーンミンミン。

蝉の音がうるさい。


暑くて何もする気が起きない。

もうすぐ八月二四日。


彼と出会って八年目の夏だ。





今日は彼とのデートの日。
少し遠出をする。

私は、待ち合わせ場所へと向かう。


駅に着くと彼が目に入った。

『ゆずる』

私は、そう言って彼に駆け寄る。


付き合って一年。

大きな喧嘩もなく、はたから見ればラブラブかもしれない。

だけど、私は不満だった。
友達の期間が長くて新鮮味も刺激も無かったからかもしれない。

おまけに彼は浮気なんかできそうもないタイプだったから余計に。


その日は水族館に行って帰りにプリクラを撮った。

映りが悪くて何だか不満。

季節は真夏。
お互いに車もないから歩いて歩いて…。

何の変わりもない日常が嫌になった。


そんな、些細な不満が溜まっていたからなのか。


初めて喧嘩をした。



勢いで『別れる!』と言った私。

彼は黙っていた。


無言のまま家に帰り着く。


その日の夜、彼は謝りのメールをしてきた。


私が一方的に悪いのに…。

そこが何だか、また不満だった。


不満だったから、いくら連絡してきても、取り合わなかった。


彼は『好きだよ』と、いつも言っていた。






暑くて何もヤル気が起きない。


だから、三年前のことを昨日のことのように思い出してしまった。

ううん。
暑いからなんかじゃない。いつも昨日のことのように思い出す、ゆずるのこと。


この前、ゆずるが夢に出てきた。


ゆずるは笑ってた。

『もう怒ってないから』

そう言ってるように聞こえた。



私が一方的に連絡をとらなくなって二週間後、ゆずるは、この世からいなくなった。



当たり前だった日常が、どんなに大切だったのか。


好きだといつも言ってくれていた、ゆずるに私は好きだと言えなかった。


本当は別れたくなんてなかったのに大人ぶって連絡をとらなかった。 


全てを後悔していた。



霊でも何でもいいから、ゆずるに会いたい。



毎年、そう願ってるのに夢にさえ出てきてくれない、ゆずるは意地悪だと思ってた。


でも、夢に出て来てくれて笑ってくれて。


少し胸のつかえがとれた気がした。



来週の、お墓参りには何を持っていこうか。

何を伝えようか。




また会いに来て。と伝えようか。


そしたら、ゆずるのことだから

『俺のことは忘れて』って言うだろうか。




一生思い続ける愛があったっていいよね、ゆずる。


私は一生、ゆずるだけでいいよ。


一生、後ろ向きな恋愛をしていくよ、ゆずる。



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あきゅろす。
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