マジで殴り飛ばす5秒前


 次の日、目を覚ましたら明王達はいなかった。テーブルの上には明王とは違う丁寧な字で《お世話になりました。ハンバーグおいしかったです。源田、佐久間》と書いた紙が置いてあった。
 明王は言わずもがなそんな気の利くことはしない。少し綻んだ笑みを浮かべてしまう。いけない、いけない。シャキッとしないと。頬をばちんと叩けば目も覚め、すっきりとする。彼らのことが心配だが、今は自分のことだ。気持ちを切り替えて洗面所へと向かった。




 あれから大分時間が過ぎた。宇宙人騒動も幕が下りたとテレビで報道していたし、そろそろ明王が帰ってくるはずだ。
 明王が愛媛に行ってからというものわたしから連絡を入れることはあっても、明王から連絡が来ることは無かった。不安で仕方無く、かと言って影山さんや源田くん達の連絡先は知らない訳で。不安なままだった。

「不動も他の奴らも無事だ」

 一度だけ、影山さんからそう連絡が入った。そしてそれと同時に届いた帝国学園への転入に関する資料。次いでかかってきた、学園からの電話で「卒業までのお金も既に振り込まれておりますが」と。明王の学園への転入手続きを影山さんが全てしてくれていたのだ。
 お礼を言おうにも連絡手段を持たないわたしにはどうしようも無かった。明王から聞けばいいや、と思っていたのだが。




 影山さんから連絡を受けてから1ヶ月。明王は───帰ってこない。

 明王とずっと一緒にいたわたしにとって初めてのこと。だがわたしは何故かその事実をすんなりと受け止めていた。明王が帰って来ない、ということを少なからず頭の隅で考えていたのだ。きっと明王にも理由があるのだろう。すっきりするまで一人で解決しようとしている気がする。そういう所は妙に子供だと思う。影山さんの「無事だ」という言葉に恐らく嘘は無い。…源田くん達のとこにいるでしょ。

『ごはん、は、ちゃんとたべろ、よっと』

 メール入れとけばいいだろう。返事は無いんだけど。ただ早く帰ってきてもらわないと転入手続き云々がるので、一応保護者の立場としては困る。如何したものか。うんうん唸る。

『…あ!そうだ!テレビで言ってた!よく思い出した自分!』
『そうと決まれば電話!!』

 押し入れの奥にしまい込んだ電話帳を引っ張り出し、お目当ての項目に辿り着く。示された番号を押し、数回コールしたところでようやく繋がった。

《はい、雷雷軒》

 低く響く声に、記憶がこの人だと確信した。『響木さんはいらっしゃいますでしょうか』礼儀として、一応。すると直ぐに《響木は俺だ》と返事。

『わたしはみょうじなまえといいます。お尋ねしたいことがあってお電話したんです』

《…注文じゃねえのか?だったら》

『不動明王をご存知でしょうか』

《………》

 沈黙。電話を切られそうになったので本来の目的を告げれば響木さんからの返事が無い。『…わたしは彼の保護者のようなものです』不信がられる前に素性を明かさなければ彼は信じてくれない気がする。

《……じゃあお前が…なるほどな》

『はい?』

《いや。なんでもない。…今から雷門中に来い。そこで話そう》

 最初とは異なり幾分か緩やかな声色でわたしに告げた。解りました、と言えば《ああ。また後で》と電話が切れた。
 休日に制服だがいいだろうか。生憎、きちんとした服はあまり無い。私服にお金を注ぎ込むより生活費の方が大事だ。財布と携帯、家の鍵などをスクールバッグに詰め込みわたしは家を後にした。




 商店街を歩けば耳に入る人々の言葉。「まさか韓国に勝なんて…次はFFI優勝だよな!」「ええ。楽しみね!」FFI…?霞がかった前世の記憶が蘇る。もうそんな時期なのか。明王がいない間、就活やバイトに明け暮れていて碌にテレビを点けていなかった。先日たまたま点けたテレビでイナズマジャパン≠フ報道があっていたのだ。並ぶ選手名に明王の名前を見つけ、響木さんに電話したのである。明王が帰って来なかった理由はこれなんだろうなって。

『オオゥ…でかいな…流石私立』

 見上げたのは雷門中のシンボル、雷マーク。次は世界か、と小さく呟く。もう明王達は日本にいないんじゃないだろうか。そんな考えも浮かぶ。もしそうなら暫くは明王に文句を言えなくなる。

(まったく…ちゃんと帰って来いよな)

 響木さんを探しながら学校を歩いていれば、グラウンドらしきところから声が聞こえた。

「よし来い!!」

「行くよ、円堂くん!」

 緩やかな丘陵のような部分に立つわたしからはその様子が良く見えた。サッカー部、恐らくイナズマジャパン。激しく飛び交うボールを見れば明王とサッカーをしていた頃を思い出す。実は今でも時間があれば友達に付き添ってもらいサッカーをしている。明王の練習相手をやるにはそれなりの技術が必要だしね。
 しかし、必殺技、だろうか。本当に氷とか出るんだ。少し吃驚。小さな男の子達がグラウンドを駆け回る中、ベンチに目を遣ればマネージャーと監督らしき人もいた。響木さんは、と。

「…みょうじさんか?」

『─!響木さんですか?』

「ああ」

 立派な体躯に髭とサングラス─うん、端から見たら不審者だ。外見の怪しさなら影山さんに勝るとも劣らない気がする。「こっちだ…」まともな挨拶も無しにベンチに連れて行かれる。『おはようございます』と軽く会釈すればベンチにいた女の子達が驚いたようにこちらを見た。そして会釈。わたしを響木さんの知り合いだと思ったのかね。ぺこりと彼女達の横に立つ男性にも会釈。男性も会釈を返してくれた。
 残念なことにマネージャーの名前もこの人の名前も思い出せない。マネージャー陣は春夏秋冬で男性は親バカ疑惑があることくらいしか。「みょうじさん、」少し離れていた響木さんがわたしを呼んだ。ん、と響木さんは顎でグラウンドを示した。

『─っ!』

 示された先。サッカーをする彼ら。その中でグラウンドに立ち、こちらを見る見慣れた姿。ゆっくりと視線が絡んだ。



マジで殴り飛ばす5秒前
(気付いたら走り出していた)


‥‥‥
時間軸とか捏造してます。すみません。あばばば

(120425常陸)

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