過去が嫌いな僕ら


 気付いたら俺はあいつに手を引かれていた。物心ついた頃から、と言う方が語弊がない。とにかく、俺が俺だと認識した時にはすでにあいつは俺の中に存在していた。

 幼なじみで4歳年上のあいつ──みょうじなまえは、よく俺の手を引いた。小さかった俺は母親とは違うその手を必死に握りしめていたことを覚えている。おばさん─なまえの母親には「明王くんはよくなまえの後を着いて行くわね」と言われた気がするが、あまり覚えていない。ただその小さい背中に抱かれて歩いた家までの帰り道がムダに短く感じたのは確かだ。俺がサッカーに誘えば必ず一緒に来て一緒にボールを蹴る。幸せだったんだと思う。

 そんな時にオヤジが馬鹿にならない借金と俺達を遺して、死んだ。

 葬式では泣かなかった。いや、泣く意味がなかった。泣き崩れる母さんを見ていただけ。何をする事もないまま、壇上の写真を見ていた。

『あきお』

「お、ねえちゃ、」

 なまえは俺を抱き締めた。強く、強く。泣いてもいい、と言われている気がした。それでも涙は出なかった。その温かい胸に顔をうずめて、なまえにすがったのだけは覚えている。

 オヤジが死んでから母さんは変わった。家事をしなくなり、酒に溺れ、借金取りにおびえる日々。オヤジの保険金じゃ到底払えない額だった。そして母さんは俺にすがる。「立派になりなさい。そして見返してやるのよ」毎日、毎日、同じことを。苦しいと思ったこともある。だけど、なまえがいた。

「なまえ姉ちゃん」

『明王…サッカーする?』

「うん!」

 サッカーをしなくなった俺をなまえはサッカーに誘う。なまえとサッカーをしている時は楽しかった。家じゃ笑わない俺も、笑った。
 オヤジが死んでイジメというものにあっていた俺を助けたのもなまえだ。10歳だったなまえは『あんたらこれ以上明王に手を出したら同じ目に遭わせて二度とサッカー出来ないようにしてやるからな』と低い声でヤツらを従わせた。それ以来「不動明王をイジメると鬼が来る」と言われ始めたのだが。

 そんな毎日が板についてきた頃、母さんが死んだ。自殺だった。オヤジが死んで半年後あっという間だ。遺ったのは俺と減らない借金だけ。
 それからどうしたか覚えていない。気付いたらなまえの家にいて、なまえの腕に包まれてベッドで寝ていた。なんかもう、全部がどうでもよかった。

『明王はわたしが守ってあげる。明王が嫌になるくらい、わたしが一緒にいてあげる』

 力強く抱き締められた。そしてようやく気付いた。俺にはまだなまえがいてくれたこと。

「っ、なまえ」

 その日からなまえをおねえちゃん≠ニは呼ばない。呼んではいけない。俺も、なまえも一人の人間だと意識したかったんだ。

 俺は、なまえがすきだ。

 まだ6歳。それでもその気持ちは本物だった。おばさん達やなまえに迷惑をかけたくない一心でサッカーをやめた。サッカーをやめた俺になまえは驚いていたが『明王が選んだならいいよ』と笑った。いつものように年齢以上に大人びたその笑顔に心臓が痛んだ。

 俺が10歳、なまえが14歳になった夏。おばさん達が死んだ。知らせを聞いたのは蒸し暑くて眠れないまま二人で夜空を眺めていた夜だった。
 葬式は信じらんないくらい順調に進んだ。なまえの隣にいた俺はあいつを見ていただけ。なまえは山のような参列者に頭を下げていた。なまえが葬式で泣くことはなかった。だが俺は知ってる。その日の晩、風呂場で泣いていたこと。何も出来ない自分が悔しかった。
 なまえは親戚に怒鳴った。あんな表情のなまえを俺は見たことがなかった。なまえは俺の手を引いて最低限の荷物を抱えて飛び出した。写真も思い出も全部、置いて行った。なまえは俺の手を握り締め、振り返ろうとはしなかった。だから強く握り返したんだ。
 逃げるのか、と言いたかった。でも逃げたのは俺も同じ。だから握り返したなまえの手が震えていたのには気付かないフリをした。
 二人だけでみすぼらしいアパートに暮らした。家事も俺の学校のことも金のこともなまえが全てしてくれた。まだ14歳のはずなのにあいつは何でもソツなくこなしたのだ。
 二人で暮らし始めてから少しして、俺は口調を変え髪型も変えた。もとからつり上がり気味の目に加え奇抜な髪型。クラスメートからは畏怖された外見だったがなまえは『冬寒くない?』と笑ったんだ。どうして突き放さない。なんで笑うんだよ。何も言えない10歳の俺は「………いや」としか返せなかった。

 俺に力さえあればなまえをこんなにさせねぇのに。




 あれから俺は14歳、なまえは18歳になった。俺は学校に通いながら、家事を手伝う。なまえは高校に通いながら家事をして、バイトを梯子している。夜は絶対に9時には家にいるが平日はほとんどバイト。『好きでやってんだからそんな顔するなって』どんな顔していたかなんてわかんねぇけど額を小突かれた。小6の頃、学校参観に高校を休んだなまえが来たことがあった。驚いたが少し嬉しかった。

 なまえは俺がサッカーをしなくなったことを気にしていた。俺が14になった誕生日、『わたしに気を遣わないでよ?ほら!』と新しいサッカーボールとスパイク。綺麗に包装されたソレをくれた。いつ用意したんだ。金は?お前のバイト代は全部コレになったんじゃねぇよな?聞きたいことも聞けない。なまえが笑ってたから。

「………俺は、」

『明王が河川敷でボール蹴ってたことも走り込みしてたこと知ってる』

「っ……サッカーは、やらねぇ」

『うん、言うと思った。だからこれはわたしのエゴだね。いつか明王がサッカーをする時に使いなよ』

 あ、成長期だからサイズ変わっちゃうねえ、となまえは笑う。馬鹿じゃねぇの。俺がサッカーしたらまたお前に頼るんだぜ?なのに、なんでそんな風に笑うんだよ。
 なまえから受け取ったソレは嫌に重い気がした。




過去が嫌いな僕ら
(なまえ…俺、)(それ置いてきて…ほらトマト食べなさい)(チッ…わかったよ…)(舌打ちしない!)


‥‥‥
もうすぐ影山さんがこにゃにゃちわー!

(120419常陸)

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