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 学校も終わり、サッカー部と遭遇することもなく無事に一日を終えた。さあ、帰るか。鞄を抱えた瞬間。

「なあ神谷!」

『えっと…あ、諏訪くん。どした?』

「陸上、ちょっとだけやってかないか?部員少なくてさ、助けると思って、な?」

『─…わたし中距離と長距離なんだけど』

「まじ!? なおさら大歓迎!」

『え、いや、でも…』

「頼むよ!俺達を助けると思ってさ!」

 捨てられた子犬のような瞳でわたしを見ないでくれ。




 斯くしてわたしは陸上部のユニフォームを着せられてグラウンドにいる。
 諏訪くんに無理やり連行され、ユニフォームに着替えろと言われ現在はアップの最中。しかし、まだ暑くて良かった。ジャージを羽織らなくても十分だ。

「でかした諏訪!長距離なんて!! 燃えるわ…!」

「あざっす!! 良かったッスね先輩!」

 目の前で某テニス選手ばりの熱い会話。隣りで体操してるわたしの身にもなってほしい。他の部員は遠くで既に各々の競技をしていた。「早速校内を走ってタイムをとるから!コースは3000mよ!」そう言われたものの如何せん本気で走るのは久しぶりだ。いくら身体が若返ったとは言え無理はしたくないのが本音である。次いでに言えば入部するつもりはさらさら無い。

「時計は諏訪のを貸してあげる。校内の歩道を一周走れば丁度だから!」

『りょうかいです。あの、先輩…わたし陸上入らないんですけど』

「大丈夫!諏訪に聞いたわ!! これは私が興味あるからやらせてるだけ!!」

『…そうですか‥』

 その言葉がやけに清々しい。髪を先輩に借りたゴムで高くひとつに括り、腕に諏訪くんの腕時計。ストップウォッチは諏訪くん担当。緊張してきた。「──位置について、」走る直前の心臓がキュッと締まるその感じはすきだ。すうっ、と先輩が息を吸った。

「ゴー!」

─ピッ

 腕時計のスイッチを押し、わたしは駆け出した。




 今日は珍しくサッカー部の練習が自主トレになった。山のようなサッカー部員の為に設けられた三ヶ所のグラウンドでは場所が無いほどに混雑しており、仕方無く俺は近くにいた半田と一緒に走り込むことにした。

「今日さ、転入生が来たんだぜ」

「へえ、どんな子だったんだ?」

「んー普通?」

「良かったな、お前と一緒じゃないか」

「…どうせ俺は風丸みたいに目立ちませんよー」

 隣りを走る半田を軽くいじれば案の定ふてくされてしまった。「そういえば影野の隣りの席だったぜ」そう言う半田の息が上がっていた。やっぱり俺のスピードじゃ速かったか。少しだけスピードを落とす。

「へぇ…部活何かやるのか?」

「いや、わかんねえ。あ、ちょっと第四グラウンド寄っていいか?」

「ああ」

 視界に映ったグラウンドを見た半田が言う。頷いて、半田の後に続けば半田はストップウォッチを持った男子に話しかけていた。確か、諏訪だっけか。諏訪は同じ中学で短距離だったから覚えている。

「ん?珍しいな半田。どうかしたか?」

「諏訪ぁ〜!悪いんだけど、明日の掃除代わってくんね?予定狂ってさ」

「別にいいぞ。お、久しぶりだな風丸」

「ああ。…何かやってるのか?」

「うん。いまタイム取ってんだ」

「誰の?誰も走ってないみたいだが」

「神谷だよ。今日転入してきたんだ!」

 ニカッと効果音がつくように笑う諏訪。神谷、とは先程半田が言っていた転入らしい。陸上やってたのか?そう問えば「中距離と長距離だってさ。でも陸上やらないってよ」へぇ、長距離の方なのか。じゃあ俺にも詳しいことはわからないな。短距離と長距離じゃ、筋肉の使い方も走り方も変わるし。

「噂をすれば…もう帰ってきたぜ、ほら」

 タイムをちらりと見て顎でグラウンドの入口を指す。半田と一緒に振り返った。
 そこにはユニフォーム姿の女子が一人…女子!?俺はてっきり男子とばかり…
 高くに括り上げた長い黒髪は俺の髪と同様にひとつで揺れている。ユニフォームから覗く両手足は白いが程良く筋肉がついていた。しなやかに動くそれらは美しくバランスが取れている。ちらり、ランニングパンツから覗く腿に視線が動いた。

(〜っ、どこ見てるんだ俺は!!)

 俺が顔を逸らしているうちに、あっという間に目の前に辿り着いた彼女。荒い呼吸音が聞こえた。

「……まじかよ」

 数メートル先で諏訪が呟いた声が聞こえた。




 久しぶりに走った3000mは想像以上に気持ちが良かった。未だにどくどくと脈打つ心臓も、呼吸する度肺に飛び込む空気もすべてが気持ち良い。タイムを聞いて思わず口角が上がった。まあまあかな。

『はぁっ…10秒台、狙ったんだけどなあ…っは…』

「いやいや十分だから!なあ陸上やろうぜ!」

 サッカーやろうぜ、みたいに言うなよ。『い や だ』精一杯の笑顔で。「ちぇー…」自由な放課後を手放してなるものか!わたしは帰宅部時々野球部マネジ助っ人部と決めたんだ!
 髪を下ろし、バッグからタオルを取り出し勢い良く顔を拭いた。流れ出る汗を拭いながら腕時計を外す。呼吸も整ってきた。

『はい、ありがとう。あとこれ先輩に返しといて。ユニフォームは洗って返すから』

「どういたしまして。ユニフォームは部室に置いとけって、あとシャワー使っていいってよ。ちゃんとダウンしろよ!」

『わかってる。じゃあお言葉に甘えて。楽しかった、ありがとね!』

 じゃあ、と制服の入った鞄を抱え、その場を去ろうとした刹那。「あ、ちょ、待ってくれ!」諏訪くんの奥から声がして、ひょっこりと覗いた色に今までの気持ちが吹っ飛んだ。



『……えーっと、どちらさま?』

「俺は2-Bの風丸一郎太。こっちは半田」

「半田真一な!ちなみに同じクラスだ、よろしくな」

『あー、っと…神谷知世です』

 眉尻を下げて笑う神谷にどくん、と心臓が鳴る。下ろされた髪や首筋を伝う汗がやけに艶めかしく感じた。…何してるんだ、俺。
 ふわり、風と共に揺れた彼女の髪と優しい香りにもう一度心臓が高鳴った気がした。






ローリング・コースター
(─…俺、もしかして…)(いや、まだ決まったわけじゃない…!)


‥‥‥
風丸には一目惚れさせたかったの…!わたしの欲望が爆発寸前。
因みに:第一〜三はサッカー専用。第四〜六はその他部活用のグラウンド。デカい学校なんです。ええ。
知世ちゃんは小学は野球、中高陸上部でした。大学じゃ色んなサークルをうろうろと。

(120401常陸)
(120510加筆修正:常陸)


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あきゅろす。
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