5:理解



(やっぱりこの病院でかい)

 ぼーっ、と眼前にそびえる病院を眺める。千尋が立つのはラティオが理事長を勤める病院の前。シュテルンビルトにおいても屈指の医師を揃えているこのアスクレピオスクリニック。何とも言いにくい名前だが、ラティオが理事長就任の際に命名したらしい。確かギリシア神話の医神の名前だったか、と千尋は病院内に足を踏み入れた。

 幾つかの部屋の角を曲がり、直ぐに目的地に着く。リハビリ室、ヒーローの使うトレーニングルームとまではいかないが十分に機材はある。まずは人助けからと決心して直ぐにトレーニングを始めた。元々千尋は、運動系サークルに所属していたため身体を元の状態に戻すのは楽だった。また千尋の能力の為か、身体能力の伸びが異様に早かった。喜んでいいのか悪いのか、千尋はランニングマシーンに集中した。



 トレーニングを終えた千尋は屋上へ行くことにした。キュ、キュ、と階段を登る靴が鳴る。エレベーターは極力使用しない。トレーニングも兼ねているのだがやはり階段はきつい。屋上に着く頃には息が上がっていた。もう少し鍛えないとなあ。千尋は他人事のように呟いた。
 屋上の扉を開ければ目前に雲一つない青空が広がる−−はずだった。この都市の構造上、シルバーステージで何にも遮られない青空を見るのは不可能に近い。案の定、屋上から見る空には高層ビルと女神像。

(自然をください、自然を)

 千尋が生まれ育った場所は程良く自然と都市が一体した場所だった。だからこそ千尋にとってはビルだらけの都市は息苦しいだけである。

「『はあ‥』」

(‥…ん?)

「…お姉ちゃん、だれ?」

『いや、君こそ』

 溜め息がリンクしたかと思えば、風ではためくシーツの間から現れた男の子。男の子を見ると腕にギプスを嵌めていた。千尋は目線を合わせるためにしゃがみ込んだ。

『腕、怪我したの?』

「…うん」
「来週‥野球大会があるんだ…僕、ピッチャーなのに…」

『…‥ねえ、おまじない懸けてあげる』

「おまじない?」

『そう。目を瞑って‥いたいのーいたいのーとんでいけー』
『‥さあもう大丈夫』

「‥ほんと?」

『うん。ラティオさん−−院長に見てもらってね』

「うん!ありがとうお姉ちゃん!」

 パタパタとスリッパを鳴らして消えて行った少年に千尋は優しく右手を振った。


(たぶん、ラティオさんはわたしがしたって気づくよね)

 能力を発動させ少年の細胞を促成した。人を治したのは初めてだ。千尋は少年に触れた右手を握りしめた。

『−!い、った』

 ずきん、と右手首が痛んだ。シャツの袖を捲ると右手首に小さな痣があった。先程の少年を思い出して、もしやと気づく。骨は折れていないようだが打撲程度だろうか。

(人の怪我を治すと、自分に少し返ってくるってこと‥?)

 千尋は思考を巡らせた。結果出た答えがこれである。まだはっきりとはわからないが、能力の代償としては些か面倒だ。千尋は右手首を二、三度さすって屋上を下りた。



 帰り道、目の前で女の子が転んだ。痛い、痛いと泣く。千尋は慌てて駆け寄り、少女の膝を見た。少し深く擦りむいている。

『大丈夫、おまじないをかけてあげる』

 目を瞑って、と言えば少女は大人しく従った。先刻と同じ台詞を述べて能力を使う。もう大丈夫、そう言えば、少女は「ありがとう!」と嬉しそうに駆けて行った。
 タイトなジーンズに血が滲んだのを見た。やっぱり、か。千尋はまた一つ、重い溜め息を吐いたのだった。






理解、厄介な能力
(あー‥NEXTってこんなに大変なんだ…)

‥‥‥
千尋ちゃんが能力をやっと理解しました。彼女なりに頑張りますよ。

(110929 常陸)

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あきゅろす。
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