01


 青い青い空を一望できる病院の屋上にやよいは立ち尽くしていた。サスケ奪回に向かったメンバーは無事に帰還─サスケを除いてだが。金網を掴む手のひらに力が入る。聴覚に意識を集中させれば、彼女の耳に届くのはナルトとサクラ、シカマルの声。先程窓を開けたらしく、明瞭に聞こえてくる会話に耳を傾けていた。
 サクラの、シカマルの、ナルトの心情を想うだけで噎せ返るような悲しみと後悔が彼女を襲う。食いしばる奥歯がギチリと音を上げ、金網を掴む手のひらに更に力がこもった。それでも、サスケを留めるわけにもいかなかった─彼女は知っているから。彼が里を抜けることで、物語が進むということを。

(どうすればいい…?)

 進むべきはただひとつ。ナルトが自来也と共に修行に出る道のみ。ならばやよいがすべきこととは。彼女は死すべき人を救いたいと願い、忍になった。しかし実際はどうだ。救えているか──否、救えてなどいなかった。彼女が遠慮がちに広げた腕は短く、世界を包むには狭すぎたから。

『ナルトは行くみたいだね』

 へらり、笑ったやよいの隣に並んだのは何時もの顔がふたつ。「ええ。修行、だそうです」かちゃりと眼鏡を押し上げた。「静かになるんだろうなー」ぐしゃぐしゃと己の髪を掻き乱す。くつり、やよいは微笑んだ。

『ナルトは強くなるだろうね』

「そうですね。ナルトは、たぶん」

「大馬鹿≠チてか?」

「ムツキ、私はそこまで言ってないでしょう」

『わたしもムツキに同意。はづきだってそう思ってんでしょうよ』

「はぁ…否定はしませんよ。確かに大馬鹿≠セからこそ誰よりも強く優しくなれるんでしょうね」

 くしゃりと微笑むはづきに応えるようにムツキもやよいも微笑み返した。三人の眼下には遠ざかる大きな蛙。「やっぱあそこまでデカい蛙無理だわ…な、やよい」『…うん』なんと的外れな会話か。苦笑したはづきがぽすん、と二人の頭を撫で下ろした。そして切なげに目を細めてやよいを見つめる。

「やよいは、いつも悩んでいますね」

『─そうかな?』

「そうだ」

『なんでムツキが返事するの』

 困ったように、どこか切なげにやよいは笑った。トンっ、と軽々と飛び上がり手すりに腰を下ろしたムツキが足を組み、火影岩を見上げた。「やよいはいつも考えてばっか」へらり、彼女が笑う。『んー、面倒くさい性格でごめんね』同じように手すりに腰を下ろした彼女の隣に立つように、手すりに飛び上がったはづきは二人の遥か上方から火影岩を見つめた。

「謝る要素なんてありませんよ」

『…でも、困るでしょう?』

「あなたが誰よりも悩んでくれるから私達は最善の策を練ることができるんですよ」

「俺たちは困ったことなんてねーんだよ」

 まるで家族を見つめているかのような二人の眼差しはやよいを優しく包み込んだ。溢れ出る感情を隠すように俯いた彼女を一瞥したはづきが息を吸い込む。

「誰かを想う優しさは自分もそれ以外のひとも優しくするものなんですよ」

 はづきのことばはすとん、と二人の心に落ち着いた。ナルトとサクラがサスケを想うように、やよいが多くのひとを想うように、その優しさは何倍にもなって、彼らの周囲を溶かしてしまうのだ。サスケの暗く深い心を救えるのはきっと、あの二人だけ。それをこの三人は─いや、誰もが知っているからこそ、二人に期待と信頼を寄せるのだろう。

 自身がすべきことを導いてくれたのは誰だったか。彼らは思う。いつだって視線の先にいたのはナルトだった。美しいその金は確かな存在感を持って行き先を照らしている。

「俺らも覚悟をきめねーとなー!」

「みんな中忍ですからね。これからは小隊のリーダーです。命を預かる身であることを忘れてはいけませんから。それに─」

『自分の命も忘れないように、でしょう?』

 へらりと笑ったやよいにはづきも頷いた。腰を下ろしていた二人も立ち上がる。里を見渡せば耳に飛び込んでくる人々の笑い声。守るべきものはそこにある。

「さて、私は父に呼ばれていますので」

「俺も森野上忍に呼ばれてるんだよな…」

『報告書、書かないと』

「…シカマルは落ち着いたようですが、彼よりもやよいが書くほうがいいでしょうね」

『ん』

 それじゃ、と軽く声を上げたムツキに続き、彼らは己の役目を果たすべく屋上を後にした。



 静まり返る部屋の一室で、やよいはこの一件の報告書を書き上げていた。頭の中は絡まった糸のようにこんがらがっているにも拘わらず、筆を持つ右手はすらすらと動く。彼女の考えているよりも脳内は落ち着いているらしい。仕上がった文章は報告書≠ニして相応しいものである。

─カチャリ

 開いた扉から現れたのは先程まで共に任務をこなしていた人物だった。『どうしたの、シカマル』顔をあげずに言葉を発したやよいはさらさらと筆を動かしていた。彼女の声にシカマルは返答をしなかった。それをあまり気に留めなかった彼女は暫くの沈黙の後、『よし、』と筆を置いた。出来上がった数枚の報告書をトントンと整えると、目の前にいる彼に手渡した。

『はい、シカマル』

「……」

『報告書書いておいたから』

「……」

『…何を考えているかわからないけど、報告書は出さないといけないでしょう』

「───なぁ、やよい」

 くしゃり、とシカマルの手によって握り締められた報告書を横目に見たやよいは、漸く言葉を発した彼を見上げた。彼女の名前を呼んだ彼の表情は、良いものとは思えない。普段ですら寄り気味の眉をより一層中心へと集中させている。『…慰めは、いらないよね』へらり。彼女の口から出たそれを、彼は噛み締める。「あたりまえだ」彼が欲しいのはその言葉ではなかった。
 目の前の椅子に座り、シカマルを見上げるやよいは静かに目を伏せる。彼はただ、彼女の近くにありたかった。任務の失敗も彼の父親や砂の使者から言及を受け、事実を受け止めていたし、サスケを連れ戻せなかったことを除けば、皆が生きている─それはどんな形であれシカマル自身の成長に一役買ったといえる。忍である彼らに死は常につきまとう。その職を選んだのも彼ら自身だ。

『…前に進むしか、無いのかねえ』

 へらり。笑うやよいの背後で豊かな緑を纏う木々が風に揺られた。さあさあ。吹きこんでくる風が彼女の髪を撫でていく。サクラより少し短い彼女の髪をすべて包み込むように、暖かな日差しと命をのせる風がすべての想いをシカマルへと届ける。かたん、と立ち上がった彼女はゆっくりとした動作で窓際に向かった。

「オレたちは忍だ。前も後ろもねーよ」

『ふはっ、そうだね』

 微笑む彼女の笑顔は本物だと、今のシカマルには理解できる。そんな二人をきらきらと照らす太陽はどこまでも純粋に光り輝いていた。



だれかのために在る心
(だからきみは優しくなれるのでしょう?)


‥‥‥
長かった…!漸く第一部完結!
次から第二部ですよ!…と言ったものの途中からオリジナル展開にするか検討中。

(130208常陸)


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