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ナイスデイ 前
これと同設定。





自分が家族に愛されて育ってきたということを、静雄はそれこそ自分が小学生であった頃から深く理解していた。
朝目覚めると隣にはいつも弟がいて、一緒に起き上がっておはようと言いあって、先に温かい朝ご飯を作ってくれている母親にも同様のことをする。家族と一緒に食事をして、そうして弟と家を出る。うんと小さい頃は手だって繋いだ。可愛い弟の手のひらが静雄は大好きで、ぎゅうぎゅう自分の手を握ってくる弟のことが本当に可愛くて仕方なかった。

学校にいたって友達なんてできなくて、いたとしてもそれは眼鏡をかけた変人くらいで、それでももしかしたらそれは、幸せなことだったのかもしれない。
静雄は孤独を知らなかった。多分、本当の意味で孤独になったことはなかった。いつだって、どこかに自分を待ってくれている人がいる。それが今この場でなくとも、それは静雄にとって救いだった。なくてはならないものだった。
だから、本音を言えば、静雄は臨也とだって今とはもっと違う関係をつくりたかったのだ。

新羅から臨也を紹介されて、静雄はすぐに「これは駄目だ」と思った。何がかは分からない。ただ、何故だか体が受け付けなかった。臨也を見た瞬間、うすら寒いものを感じた。
静雄と臨也はすぐに喧嘩をするようになった。静雄は臨也が気に食わなかったし、それは向こうも同じようだった。静雄は臨也を視界に入れる度に、説明のつかない不快感を感じる。正体不明の、それは初めて抱く感情だった。静雄は臨也が苦手だった。

「……へえ、珍しいね」

学校で嫌いな奴ができたと告げると、弟の幽は珍しく驚いたような顔をした。確かにそうだった。基本的に家族以外の人間からは恐れられる静雄は、これまで誰かを嫌いになるということがなかったのだ。
幽にそう言われるとますます不思議に思えて、ためしに新羅にも聞いてみると「まあ確かにそうかもね」となんともおざなりな返事が返ってきた。静雄の暴力を知ってなお、静雄から離れていこうとしない人間は久方振りのことだった。それがよりにもよってあのノミ蟲だなんて、やはり惜しいことをしたと思わずにいられない。

どうして静雄が臨也を嫌いなのかと言われれば、それは多分臨也の顔が気に食わないからなのだろうと思う。あの男は笑わない。目が笑っていない。それなのにさも自分は笑っているというような顔をするのが、静雄には不快で仕方なかった。



そんなある日、これだけ互いに嫌い合っているのに飽きもせず毎日毎日喧嘩を繰り返すなんておかしいな、と思うことがあった。一度思い付くと、それは本当にその通りに思えた。
だからその日、静雄は臨也と目があっても追いかけることをせずに目を逸らした。見なかったことにした。そしてその場をすぐに立ち去ったから、臨也がどういった反応をしたかは知らない。

すると、その日は一日心を乱されることもなく穏やかに過ごすことができた。喜ばしいことだ。どうして今まで、静雄はまともに臨也なんかの相手をしていたのだろう。無視すれば良かったのだ。
自分の発見に感動さえするほどだった。これなら喧嘩もしなくていい。

そうだ、これからは相手をしないようにしよう。そうすればきっと、あの男に心を乱されることはもうなくなる。そう思っていたのに、静雄はその日からとんと臨也を見なくなってしまった。学校には来ている、と新羅は言う。だが静雄は会わない。
あんなに頻繁に会っていたのに不思議なこともあるものだと首を傾げていたところで、臨也が貧血で倒れたらしいという情報を耳にした。静雄は驚いた。

「……本当かよ」
「本当だとも。だって、臨也を保健室まで運んだのは僕なんだから」
「…………」
「心配かい?」
「……いや」

心配ではないな、と静雄は思った。ただ気になった。だから保健室まで足を運んで、静雄はベッドに寝かされている憎たらしい男の寝顔を見た。なるほど確かに顔色が悪い。寝ているようで、臨也は何も言わない。
静雄が来たのにも気付かないようだったので、すぐに体を反転した。さっさと教室に戻ろうとすると、手首に僅かな違和感を感じる。

「……ああ?」
「……シ、ズちゃん……」
「手前、起きてたのかノミ蟲」

手首に感じた違和感は、臨也が静雄の制服の袖を握ったかららしかった。当然この程度の制止は容易く振り払える。だが静雄はそれをせずに、白い顔をした男を見つめた。

「……さない、から」
「あ?」
「おれだけ、おいてくなんて、……ゆるさないから……」

寝ているのか、起きているのか、それはなんとも判断のつかない声だった。静雄はただ、そう言ったまま物言わなくなった男を見つめ続けた。そのうち、静雄の袖を握っていた手がダラリと落ちる。
なるほど、と思った。無視をする、という手段は、どうやら自分達の間では駄目らしい。少なくとも臨也は望んでいない。静雄はそれをなんとなく悟った。

臨也は静雄に何かを望んでいる。

「……ああ。だって多分、臨也は君が思ってるより寂しがりだよ」

保健室から戻ってその話をすると、新羅は珍しがるでもなくカラカラとそう笑い飛ばした。静雄には信じられなかった。よりによってあの男が「寂しがり」だなんて、なんだか真実味に欠ける話だ。
けれども、それは確かに、どこかしっくりくる話でもあった。

「おかえり、兄さん」
「ただいま、幽」

いつものように自分を出迎えてくれる弟の顔を見ながら、静雄は今日の臨也の顔を思い出す。
おいてくなんてゆるさない。奇妙な言い掛かりだった。臨也を追い回すのはいつだって静雄で、だとしたら置いていくのはむしろ臨也のほうであるはずだからだ。
腑に落ちないなとぼんやり思った。なぜ、静雄がそんな言い掛かりをつけられなければならないのだろう。あの男は絶対に笑わない。実に腑に落ちない。
単純に言ってしまえば、気に食わない。





次の日、静雄はわざわざ臨也のクラスまで赴いて、気分に任せて脈絡のない唐突な喧嘩を吹っ掛けた。臨也は目を丸くしたが、それでもニヤリと笑って静雄の喧嘩に応える。その顔は前日のような青白さはなく、赤く染まって体温を感じた。
だからどうやら、これが正解らしい。

「待て! 臨也!」
「アハハハ! 絶対やだね!」

それからまた、二人にとっての日常が再開した。













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ナイスデイ


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