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はじまりの香り
-キミが思い出になった後に-



心も身体も欲しかった。だけどそれは叶わない、未来も過去も巻き返せない私にある現実だった。

菱屋君が涙ぐみながらはっきり好きだと言ってくれた。無理矢理襲って、勝手に好きになって同性を犯した汚い私を好きだと言った。さらにどうしようもない欲望の塊の、病気を理由に逃げて愛を押し込めた私の幸せを願ってくれていた。



「祥史さんの大切な人…それは誰なのかしら。」

「そりゃ、一番大切なのはお前と子供達だろ?他に誰が居るんだ。」

「そう、そうよね。祥史さんの一番は私達以外居ないわ。」



記憶に残るよう毎日キミの姿をチェックして、腐った頭に深く焼き付くよう何度も想いを日記に綴った。病気が発覚してキミをこの腕に抱くまで、それは当たり前のように行われていた。

あの時から、キミの姿は私の胸を焦がしていた。



「北澤店長、おはようございます…」

「えっと、キミは…誰?」

「夜勤の菱屋ですよ。店長に言われた通り髪色も変えて来ましたっ!」



面接に来たキミ、真面目さのカケラも無い…派手な金髪。最近の若者らしい腰パン、ピアス、指輪。接客に相応しくないと注意して不採用だと切り出す前に必ず直すと宣言した。若者の言うことなんか大抵信じない。ただバイトしたいがため、仕方なし…人が居なかったのでとりあえず採用。


ハキハキと話す真面目な短髪の少年。真っ黒に染められた髪の毛はとてもよく似合っていた。

初めて会った時とのギャップに無駄に張り詰める自分の胸。それ以降、全く顔を合わせていなくても彼の笑顔は忘れることが出来なかった。



「北澤店長ってよく監視カメラチェックしてるけどさー…アレって万引きじゃなくてアタシ達の行動チェックしてるんでしょー、なんかキモいよね。」

「わかるわかるっ!裏行くとさー、火木金の映像ばっか見てんだよ。私がチラッと見た時は菱屋さんのチェックしてたよ、」



そんなことも言われたことがあったが、無論彼女達の働きぶりに興味は無い。映像を見るのも万引きがあったと言う時と菱屋クンがバイトしている時だけだ。

掃除したり、アクビしたり。深夜よく来るおじさんと駄弁していたり、検品してたり。彼の自然な姿を見ているだけ、誰にも文句を言われる筋合いは無い。



「北澤さん、実はですね…先日、夜勤の菱屋クンが辞めちゃいましてね。これから募集するのも大変なので3月くらいまでは俺が入ろうと思っているんですよ…、」

「そうですか。本当にすいません、こんなグダグダなコンビニの店長の後任に…」

「いえいえ!構いませんよ!それでも菱屋クンも大学生ですし、勉強が疎かになるからって。そりゃ続けろとは言えずにねぇ、」

「・・・。」



それは確実に自分の所為だと分かっていた。不器用で卑怯、愚かな自分の悪行の所為だと分かっていた。もちろんさよならの後から連絡は一切無い。


どうして。
どうして彼を抱きしめた?
どうして?
どうして彼を愛した。

全て理解出来ない。
また会いたい…―
そんな苦しい想いをしてさらに彼を傷つけたのなら、この病気で今すぐ死ねばいい。そう思った。



「貴方、2年前お見舞いに来てくれた“菱屋君”居たでしょ?」

「へぇ、」

「へぇじゃないわよ。貴方のことが好きって言って飛び出した彼、」

「へぇ、」

「…―結婚したそうよ。今、都内に引っ越して一軒家に住んでいるみたいなの。」

「・・・。」



記憶に残らないキミの影はいつしか遠くに消えて無くなっていた。“思い出になった後に”思い出としても残らない―…気持ちは消えた。

それなのに、



「祥史さん、どうして?どうして泣いているの?」

「…さぁ、」

「さぁじゃないわ。ちょっと、ちょっとそのままで居てね。先生を、先生呼んで来るから!」



目頭が熱く、気がつけば涙を流して泣いていた。


私は彼を愛した、抱きしめた。
はっきり伝えた。
記憶に残っていた。

好きと言われた。
嬉しかった。
守りたいと思った。
強く思った。

自分はこんなに泣き虫だったのか。彼は結婚したのか…―



廻る思い出が深く蘇って誰にも打ち明けられない想いは爆ぜた。自分は妻子ある身で一番はそれ以外無いと。嘘をついてまで彼と、彼を愛してしまった自分を守った。



「菱屋クンを愛している…―」

「っ、」

「一番、大切だ。誰より―…今でも彼が大好きだ。」



今更何に気づいても全ては過去にあった出来事。今、私が何を言ってももう元には戻れない。

妻はきっと気付いていただろう。あの夜、飛び出して彼を抱きしめたことも。彼を愛していたことも…―実は思い出に残っていることも。



「愛して…よかった―…だから、もういいんだ。全て、」

「祥史さん、」

「彼のことも俺はいつしか忘れてしまうだろう。それでも俺は愛した証拠が欲しかったんじゃない…―心の記憶に彼の姿を刻みたかったんだ。」



開いた手の平を空に翳し遠く離れたキミを思う。
この気持ちがいつか消えて無くなる前に打ち明けられて光栄に思う。

そして私はいつまでもキミの幸せを願っている。









ごめんなさい





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あきゅろす。
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