◇
道貴さん、ボクのこと好きって言ってくれたからちょっとは優しくしてくれるのかなって思ったけど…
「は、?屋敷に戻らないとはどういうことだ?」
「や、…ボ、ボクは父さんと一緒にあの工場で働くって決め
「却下だ。あんなおんぼろ工場で働くなど理解出来ない。」
と、ボクの独立を即決否定。
タオルケットを羽織っていたボクは作業着に着替えながら道貴さんに何度も交渉したのだけど、しまいには『傍に居てくれなきゃ嫌だ』とかすごくカッコイイことを言われてしまって。
西大路氏得意の黒いスマイル。にこっと微笑みかけられれば…
「奈緒、」
「…は、いっ。」
「私は奈緒と一緒に暮らすことを深く、望んでいる。」
瞳はキラキラ、すごく素敵な道貴さんっ、
ボクはすぐ分かりましたと承諾して、言うことをちゃんと聞いたペットのように頭をよしよしされた。
「では、早速…親御さんに連絡せねばな。」
「はい、?」
「奈緒さんを…下さいと、申し立てないと。」
目を据えてボクをじっと見つめながら超越に言っているけど、よく考えたらおかしいことだよ…道貴さんっ、
独りで納得されても、いきなりウエストプリンスホテルの社長に来られて、男から息子さんを下さいなんて…
父さんと母さんもビックリだよ、絶対に。
「み、道貴さん!それはちょっとおかしいですっ…ボクも貴方も男ですから、」
「は、何がおかしいんだ。まさかお前、私と居るのが嫌なのか?嫌ならそうとはっきり言えばいいだろうっ!」
「ぁや、そういうことじゃなくて…」
何を言っても聞き入れてくれない傲慢なスタンス。
優しく無い口調も態度も変わっていないけど、まぁ、仕方ない。それを含めてボクは彼が好きなのだから。
「道貴さん、」
「・・・ん、」
「ボ、ボクをよろしくお願いします…」
逆にお願いする形で一礼。
嫁入り支度をしなければいけないなと、ボクは頭を下げながら思った。
◆
紅葉が散りばめられた広い庭、秋も大分真っ盛りで綺麗な黄橙のシーズン到来だ。
久しぶりに屋敷に帰ると、金髪の長髪から短髪に髪型を変えてもっと爽やかになった使用人・藤村さんがボクを出迎えてくれた。
「奈緒さん、お帰りなさいませ。」
「藤村さんっ、お久しぶりですね。」
「はい、しばらくぶりですね、奈緒さん。前よりももっと美しくなられましたね…」
静かに優しく、いつもボクを思ってくれた藤村さん。
ボクは彼に微笑みかけながら、道貴さんの部屋へ向かった。
長い廊下も進めば奥に彼の部屋。前のボクはいつも寝室か手前のテラスに居たから、こんなにたくさん部屋があることも知らなかった。
「塚原さん、こんばんは。」
「こんばんは。」
「道貴さんならお部屋でお休み中ですよ。」
ドアの手前に立っていた道貴さんの秘書・國谷さん。
彼は陰でいろんなアシストをしてくれた。言わばボクらのキューピッド的存在だ。
ドアノブを引く國谷さんに背中をぽんぽんと優しく叩かれ、中に入るようボクは誘導される。
そして戸を開けると大きな本棚に囲まれた広々としたスペースに、中央の黒いソファーでうたた寝をしているこの屋敷の主人が居た。
「道貴さんっ…」
「・・・。」
彼の寝顔は、綺麗な横顔。
息をあまり立てずにゆっくり上下する大きな胸、ソファーから下に投げ出された細い指。
その全てが完璧に美しく、完璧に神々しくて。
ボクは食い入るように彼のカラダ、顔、全てを見渡した。
「んっ、奈緒…」
「は、はい!」
「おかえりなさい。」
目覚めた彼に初めて言われたおかえりなさい。
その言葉のお陰で“ココはボクの場所”と深く再認識出来た喜びに広がる想いと、
彼の微笑みでココロはいっぱいになっていた。
end
[*Ret]
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