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短編-NIL-
anthropophagy 1/2

 不快…とても不快で仕方がなかった。

 隣の部屋から聞こえる嬌声が私の耳を弄ぶ。
 薄い壁とドアを隔てた隣の部屋では、鳴海と見知らぬ女が絡み合っていた。
 想像しただけで吐き気がして仕方がない。

 それにしても、鳴海が女を部屋に連れ込んでかれこれ一時間程経つが、まだ終わらないとは色んな意味で大したものだ。
 …と、訳の分からない事を感心しつつ、苛立ちはピークに達していた。
 隣の部屋で暢気に喘ぎ続ける女の頭を叩き割ってやろうかと、腰を掛けているソファの陰に隠していたハンマーを手に取ると、その場から立ち上がる。
 鳴海には悪いが限界だった。
 恐らく気付きはしないだろうが、一応足音を忍ばせながら二人の居る部屋へ向かう。
 出来れば事の最中にこの部屋には入りたくは無かったが仕方無い。見たくもないものを見て吐き出さないように深呼吸を一つすると、ドアノブに手を伸ばした。

 と、ドアノブを捻るか捻らないかのタイミングで女の嬌声が僅かに低くなり、やや苦し気な声へと変わった。
 どうやら漸く鳴海が満足したらしい。

 女の低い呻き声が一瞬、元のように甲高くなったかと思うと、それきり静かになった。それの代わりのように彼の悦に入ったような溜め息が聞こえる。



 …終わったようだ。


 私はドアノブから手を離すと、そのままソファに戻り腰を掛けた。隣の部屋ではガタガタと鳴海が動き回っている気配がする。


「お待たせ」


 暫くするとドアが開き、薄暗い部屋から彼が顔を出した。白く色の抜けた髪は乱れ、慌てて着たのかシャツやスラックスは滅茶苦茶にしわが寄っている。

「随分長く楽しんでいたな」

 私の言葉に鳴海が笑う。

「まぁ…溜まっていたからね」

「成る程…それにしても自分が食事にする予定の女を犯すなんて随分悪趣味だな」

 ふふっと、彼が口から息をこぼしたかと思うと、こちらにやって来て私の顎をしゃくり上げ顔を近付けた。相変わらず色のはっきりしない目玉が、こちらをジッと見つめている。

「…そう云うなら君が相手になってくれるかい?僕はその方が嬉しいけれど」

 彼から漂う事後特有の生臭い臭いが鼻をついた。

「笑えない冗談だ」

 私が手を払うと彼は少しガッカリしたような顔をしたが、またすぐにいつも通りのぼんやりとした笑顔に戻ると

「じゃあ、そろそろ始めようか」

 と云った。

 その言葉に促されるように立ち上がると、先に部屋へ戻っていった彼の後を追う。
 薄暗い部屋は窓が開いているらしく、ひんやりとした風が出入りを繰り返していた。
 カーテンを閉め、部屋のライトをつけると入り口から真っ直ぐに進んで奥にあるベッドの上に裸の女が仰向けで横たわっている。
 視界に乱れてパラパラと広がった黒く長い髪が入り込んだ。
 それに釣られるように彼女の顔を覗き込むと、白く細い首に食い込むように赤紫色の痣が浮き出ているのが見えた。だが顔はまだほんのりと赤みを帯びたままで、その表情はどこか満ち足りたような幸せそうな顔をしている。

「幸せそうな顔でしょ?僕が殺す前に相手と交わるのは夢中にして首を締め上げる時に抵抗出来ないようにと、悲鳴を上げさせない為にするんだ」

 欲求を満たすと云う部分が主なのだろうが、鳴海なりに考えているのだろう。
 ただ、そのやり方は私にとってかなり不快なものではあるが。

 偖、愈々運ぶ事にする。
 まず私が女の脇から腕を通し肩に手を回すと鳴海が足側を持ち上げ、そのままベッドの上から持ち上げると半ば引き摺るようにして部屋を出た。部屋からリビングに入り、其処からドア一枚を隔てた奥に続く廊下へ出ると、やや手前にあるバスルームへと向かう。
 バスルームに入る直前に鳴海が手を滑らせ、女の身体を床に叩き付けてしまったが特に問題は無いだろう。ただ手を滑らせた張本人が悲しそうな顔をしていたので、それが妙に可笑しかったが。

 広めのバスルームへ女を運ぶと鳴海が彼女の両足を揃え、慣れた手付きで縄で縛り始めた。それを眺めつつ、初めて足を踏み入れたバスルームを見回す。
 床は人が三人は横になれる程の広さがあり、鳴海が女を寝かせて作業をしても空間に余裕がある。
 浴槽は底に寝そべられるくらいの大きさがあり、その上にある空間にはステンレス製のパイプが取り付けられていた。
 彼はそのパイプに滑車を取り付けると片一方が女の足を縛っているロープを引っ掛け、下に向かってゆっくりと引き始めた。滑車の回転でスムーズに彼女の身体はバスタブを頭にして空にぶら下がると、長い髪や腕、豊かな乳房がだらしなく垂れ下がる。
 鳴海はユラユラと揺れている女の身体を押さえると彼女の顎を喉が露になるように下に引き、前日に研いだばかりの肉切り包丁で切り裂き始めた。包丁の後を追うように白い肌に赤い筋が続いていくと、其処からダラダラと血がバスタブ目掛けて落ちていく。死んでから時間がそれほど経っていないからか出はかなり良いようだ。

「血が抜けるまで時間が掛かるから少しお茶でもしようか」

 シャワーで手に付いた血液を洗い落とすと鳴海が私にそう云った。

 バスルームからリビングへ戻り、ソファーに腰をかけていると鳴海が盆に乗せたティーセットをテーブルの上に置いた。
 白く上品なティーカップを私の目の前に置くと、同じく白く丸みのあるティーポットから赤みを帯びた琥珀色の紅茶を注ぐ。

「ミルクと砂糖は好きなだけ入れて良いからね。あとは口に合うか分からないけどこれをどうぞ」

 鳴海はそう云うと両の掌に乗る程の大きさの木で作られた箱をテーブルに置いた。箱を開けてみると中にはカラフルなマカロンが綺麗に並んでいる。
 その中から一つを取ると口へと運ぶ。この菓子を食べるのはかなり久し振りだ。
 初めてこれを食べたのは、私の育ての親がまだ生きている頃…三年程前の事か。
 懐かしい…と思いつつ口にしたそれは色によって味が違うのだが、相変わらずの歯に染みるような甘ったるさの所為か、その違いはいまいち分からなかった。
 個人的にはあまり美味いとは思えないが、サリサリとした軽い歯触りが何故か好きで気付けば一つ、二つ、三つと口に運んでいたが…鳴海が濃い目に淹れてくれた紅茶とも相性が良いようだ。




「…もうそろそろ良いかな?」


 不意に鳴海がそう呟いたかと思うとソファから立ち上がったのは、私が三杯目の紅茶を飲んでいた時だった。
 ゆっくりしていて良いからと彼は云っていたが、冷め始めた残りの紅茶を一気に流し込むと先に彼が向かったバスルームへと向かう。

 閉め切られているバスルームのドアを開けると血液の籠ったような濃い臭いが鼻をついた。
 中では鳴海がぶら下がっている女の腹を触って何やらブツブツと呟いており、彼女の真下にあるバスタブには栓をしたままにしていたのかやや黒みがかった血液が溜まっている。

「…やっぱり来たね。それじゃあ解体しようか」

 私に気付くと、こちらに首を向け彼はそう云った。

 上着を脱ぎ、バスルームに入ると吊り下げられ安定しない女の身体を押さえる。
 血抜きが終わり青白くなったその身体はひんやりとしていた。じきに硬直も始まるだろう。
 鳴海は女の臍のやや下辺りに肉切り包丁の刃先を宛がうとゆっくりと刺し、柔らかな肉の中へ沈めていった。刃先を2、3センチ程刺したところで其処から鳩尾へ向かって包丁で切り裂いていくと、切り口から少量の血液と共に濃いピンク色の腸が少しずつ溢れ出る。

「ほらぁ!綺麗だよ!」

 突然、鳴海がヌラヌラと艶を放ちながら溢れ出た腸を掴んだかと思うと、掴み出したそれを口へ運び勢い良く食い千切った。
 食い千切ったモノを咀嚼しながらヘラヘラと笑うその表情は、彼を『人間』と云う生き物のカテゴリーに入れていて良いのかと一瞬考えてしまうようなおぞましさだった。
 その行動でスイッチが入ったのか、持っていた包丁を床に落とすと獣のような唸り声を上げて女の身体に出来た切り口に両手を突っ込むと其処を押し広げた。
 無理矢理広げられた切り口は端の方が歪にピリピリと裂け、支えきれなくなった腸を垂れ下げている。
 腹を完全に開くと、今度は切り口からやや見え隠れしている肋骨の下へ手を突っ込み、抉じ開けるように左右それぞれの手に力を入れ始めた。
 それからすぐにメリメリと骨の軋む音が耳に響いたかと思うと、グシャリと水っぽい音を立て彼女の胸に大きな穴が開いた。黄色い脂肪を挟んだ皮膚と筋肉が滅茶苦茶に裂けており、無理な力を加えられた為に折れた肋骨が所々突き出ている。

 初めて彼のこの行動を目の当たりにした時は流石に驚いてしまったが、今はもう何とも思わなくなった。

『慣れとは恐ろしい』

 そう思いながら、裂けた女の胸から赤い塊を強引に引き摺り出す彼の姿を眺めていた。

 林檎やトマトを食べるようにして引き摺り出したそれを平らげると、漸く落ち着いたのか赤く染まった口の周りをシャツの袖で拭い、こちらへ顔を向ける。先程の表情とは変わって、いつものぼんやりとした笑顔だった。

「…ごめんね。ちょっと興奮しちゃった」

 ちょっとどころじゃないだろうと思ったが、毎度の事なのでそこは敢えて何も云わなかった。

「偖!腹ごしらえも終わったし再開しようか」

 鳴海はそう云って床に転がっている包丁を再び手にすると、楽しそうに女の身体を捌き始めた。
 鼻歌を歌いながら溢れた腸の隙間に手を入れると、手前に少しずつ押し出し他の臓器に埋もれた直腸を切断した。
 かろうじて支えられていた腸は支えを無くすと、他の消化器と一緒にバスタブに溢れ落ちていった。更に残っていた食道部分を切ると完全に消化器を取り去り、消化器以外の臓器だけが残った。それらも取り除くと“食べるもの”“食べないもの”と分け、それぞれをバケツに放り込む。

 女の身体が空になると今度は二人がかりでバスルームの床へと下ろす。内臓の分が無いからか、此処に運んできた時よりも心なしか軽かった。
 女を床に横たわらせると、腕と脚の関節付近の肉を骨ギリギリまで一周するように切り、関節を露出させる。
 次に持ち込んでいた“解体セット”なるケースから身の分厚い鉈のような刃物と金槌を取り出し、露出している関節部分に刃物を宛がうと、それを大きく振り上げた金槌で思い切り叩いた。
 何とも云えない鈍い音と共に関節を叩き切られた腕が転がる。それから更に残りの首、腕、脚も同じように叩き切ると彼女は大分コンパクトな姿になった。

「あとは皮を剥いで肉を切り落とせば終わりだね」

 そう云うと鳴海は床に転がっている女の脚を手元に置き、足首を叩き切ると解体セットから取り出したメスを使い皮膚に切れ目を入れると、其処から皮膚と肉の間に刃を入れ器用に皮を剥ぎ始めた。

 私も人間を解体するが皮を剥ぐ事は鳴海と出会うまでは一切した事が無い。初めて彼の手捌きを見た時はその見事さに思わず見入ってしまい言葉が出なかった。
 今でこそ見慣れてはいるが、彼の手伝いをしていると彼の手元についつい目が行ってしまう。



 流石だな…そう思う。



 私が脚一本の皮を漸く剥ぎ終わった頃、鳴海は残りのパーツ全ての皮を剥ぎ終えていた。
 白く柔らかな皮膚に覆われていた身体は、今や赤黒い生々しい肉の塊と化して彼の足元に転がっている。
 見る影も無いが、皮を剥がれる前の彼女の顔立ちや体つきは綺麗な方だったので少々勿体無い気がした。

 皮を剥いだら次は肉を切り落とす作業だ。

 これは那由多の手伝いでよくやっているのでコツは分かっている。ただ、“除去して棄てる”為の切り方と“食べる”為の切り方は鳴海曰く違うらしい。
 互いの切った肉を見比べても私には違いがよく分からないが、彼に云わせれば勿体無い切り方だそうだ。

「ねぇ律、勿体無いよ」

 骨から切り落とした肉をバケツに放り込む度に、気の抜けたような声で鳴海が云った。だがその言葉を無視し淡々と骨から肉を削ぎ、切り落とし続ける。


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