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短編-NIL-
break up 2/2

「待たせたな」

 扉の向こうに立っている那由多にそう云う。

「そうだね。沢山待ったよ」

 ニコリと笑みを浮かべ冗談ぽくそう云うと部屋に入り、気になっていたのか台に乗っている男の残骸をしげしげと眺め始めた。

「首を刎ねたの?」

「そうだ」

 私の答えに成る程ね…と呟く。

「首はどうするの?死に顔整えてるって事は気に入ったって事だよね」

 台の上の男の首を指差し彼が云う。

「ああ…良い断末魔を聞かせてくれたからな。いつも通り防腐処理しておいてくれ。それと…その男から失敬したものだ。確認してくれ」

 男の残骸が乗っている台の下は一部が引き出し状の冷蔵庫になっていて、其処にバラした彼の一部をしまっていた。それを手前に引き出すと那由多に中身の確認を頼んだ。

「うん、分かった。あとは俺がやるから君はお風呂にでも入って、ゆっくり休んでなよ。疲れただろ?」

 彼は私にそう云うと、すぐに冷蔵庫の中を覗き、臓器や骨を細かくチェックし始めた。

「そうだな」

 カゴに入れた上着を取ると部屋を出た。重い鉄の扉の先には暫く前に下ってきた少々長めの階段がある。疲れ始めた足で上るのは正直きついが仕方無い。重たい足を何とか持ち上げ一段一段を上っていく。
 漸く階段を上りきった頃には、情けない事に膝が笑っているような有り様だった。
 運動不足だな…自分に対して嘲笑を浮かべると足を引き摺るように歩いてバスルームへ向かう。

 バスルームは地下室から向かって右手にあるやや広めの洗面所へ入った所にあり、アメリカのドラマや映画に出てくるようなバスタブと、シャワーが壁に取り付けられている日本人には馴染めない作りだった。
 何故そんな作りなのか以前訊ねた事があったが、家自体を知り合いから譲られたものだから良く分からないと彼は云っていた。

 洗面所のドアを開け中に入ると服を脱ぎ、置いてある洗濯機へ放り込む。手術衣を着ていても服に血液が付いている事がたまにあるので、解体をした時は必ず洗濯をするのが今では癖になっていた。
 洗濯機のスイッチを入れバスルームに入る。
 何度使っても馴染めない壁付きシャワーの蛇口を捻ると温まり切れなかった水が勢い良く身体に叩き付けたが、それからすぐに湯に変わった。
 頭や身体を洗っている間に、空になっているバスタブに湯を溜める。身体を流す頃には丁度良く溜まっているだろう。

 全身を洗い流した頃には身体を温めるのには少々足りないくらいの湯がバスタブに溜まっていた。そのまま湯を溜めながら湯船に浸かる。
 年寄り臭いかも知れないが、湯の温かさが疲れた身体に染み心地良い。思わず溜め息が溢れた。

「…何をやってるんだろうな私は」

 無意識にそんな言葉が漏れる。

 自分のやっている事の異常さ。
 感覚が麻痺しているのか、それは分からないが普段は地下室での出来事は私にとってはごく当たり前の日常だ。
 死にたくないと泣き叫ぶ声も、肉を切る感触も、骨を砕く音も、血の匂いも。
 だが時々、ふと思う事がある。

 何故こんな事をしているのか…と。

 どうしてそんな事を思うのかは自分でも分からないが。
 きっと心の何処かに、僅かながらも罪の意識があるのかも知れない。

 風呂から上がると身体を拭き、洗面所にあるカラーボックスを漁った。中には僅かながらだが着替えや下着が収まっている。私はその中から大きめの白いワンピースを選ぶとそれを着、洗面台の前に立つと濡れた髪を乾かし始めた。

 前に髪を切ってからどれぐらい経つのだろうか。
 普段あまり意識して髪に触れたりしないので気付かなかったが、元々肩よりも長めにしていた髪は更に伸びて某映画の女霊のようになっていた。
 そろそろ切らないとな…そんな事を考えながら髪を乾かし櫛で髪を整えて後ろに束ねると、目の前の鏡を眺めた。
 色の白い、表情の乏しい顔が同じようにこちらを見ていた。
 その顔を眺めながら自分の右目に手をやると目玉を指で挟むように掴み、手前にゆっくりと引っ張る。すると何の抵抗もなく、それは眼孔から取れると掌の上にコロリと転がった。
 顔にぽっかりと開いた空洞を鏡越しに左目で眺める。
 暗く微かに赤みを帯びた眼窩。この空洞を見る度に幼い頃の忌まわしい記憶が蘇る。
 無意識の内に掌の中にあった目玉を握り締めると、それからすぐに体液でヌタついたそれを洗浄剤の入った瓶の中に詰め込み、虚ろになった眼窩を眼帯で塞いだ。

 リビングに戻ると那由多がソファに深く座り本を読んでいた。

「お腹空いた?」

 私に気付くと彼は読んでいた本を閉じ、こちらを向いてそう云った。
 そう云えば今朝から何も食べていなかった。壁に掛けられている、この家には不似合いな大きなデジタル時計を見ると普通の家庭では夕食を食べているような時間だ。

「そうだな、減ったな」

 今まで意識していなかった空腹が、腹を鳴らした。

「じゃあ今から何か作るよ。君は此処で座って待ってて」

 彼はそう云うとキッチンへ歩いていった。
 何を作ってくれるのだろう…珍しく食べ物の事でワクワクしている自分が居るのに気付いた。まだ普通の人間らしい感情は持っているようだ。

 座って待っていて良いと云ったが、一応キッチンに居る彼に手伝う事は無いかと訊ねる。が、やはり大人しく待つように云われ、そうする事にした。
 取り敢えずソファに座り、最近購入したタブレットで気に入っているホームページを見て回っていると、キッチンから焦げたバターの匂いが漂ってきた。それと共に何かを炒める音が耳に入る。何と無くだが、何を作っているのか分かった気がした。


 それから暫くし、キッチンから私を呼ぶ声がした。タブレットをその場に置き、キッチンへ向かう。

「今日は君が好きなオムライスだよ」

 ダイニングテーブルに出来たばかりのオムライスを置きながら彼がそう云う。

「久々に食べるな」

 椅子に座ると目の前で湯気を上げるそれを覗き込んだ。
 半熟に焼いた卵をケチャップライスに乗せたシンプルなオムライス。それをスプーンに一口取ると口へ運んだ。ケチャップとバターの甘い香りが鼻を抜ける。

 何年も前になるが、彼と一緒に暮らしていた頃はこのオムライスが好きで毎日食べたいとよくせがんだものだ。

「美味しい?」

 黙々とオムライスを口へ運ぶ私に彼が問う。

「…相変わらず美味いな」

 素っ気ない返事になってしまったが、彼は嬉しそうに頷くとニコニコと笑みを浮かべオムライスを頬張っていた。何も知らない人間がこの光景を見ていたら仲の良い友人だったり、或いは恋人にでも見えるのだろうか。

 食事を終えると後片付けをし、ソファに横になった。
 時計を見ると、寝るには大分早い時間だがいやに眠たい。きっとまだ疲れが抜けきっていないのだろう。
 ウトウトとしていると那由多が私の肩を叩いた。

「…何だ?」

 閉じていた目を無理矢理開けると、すぐ目の前に彼の顔があった。

「寝てるところごめん。忘れない内に今回の報酬を持ってきたんだ」

 そう云って茶封筒と手書きの領収書を私に握らせる。

「今回は少し多くしておいたよ。一応、ちゃんと入れたつもりではあるけど間違っていたらいけないから確認してみて」

 彼の言葉のままに領収書を見てから、封筒の中を覗き込んだ。やや厚めに纏められた札束が入っていたが、いちいち中身を取り出して枚数を数えるのも面倒なので『まぁちゃんとあるんじゃないか?』と、それをテーブルの上に置く。
 視界の端に苦笑いする彼の姿が入ったが、ぼんやりとしている所為か特に気にもならなかった。

「…ところで、此処にはどのくらい居るつもり?」

 私が横になっているソファの空いている部分に彼が腰を下ろす。 予定としては明日にでも此処を出発するつもりだったので、それを伝えた。

「そうか…随分早いんだな…」

 彼は寂しそうな顔をすると私の頭を静かにポンポンと叩いた。私の考えが彼自身の異に沿わない時にこうする癖は昔から変わっていないようだ。

「…寂しいか?」

 彼の寂しそうな顔を見、そう訊ねる。

「ちょっとね」

 折角久し振りに会えたのに、すぐにまた一人になるのだから当たり前だと笑った。

「次はいつ来る?」

「そうだな…また“仕事”でお前に呼ばれたら…かな…」

 そうか…と彼は呟くと、再びウトウトし始める私の身体を子供を寝かし付ける母親のようにトントンとさすり始めた。

「眠い?」

「…うん」

「明日は早く起きないとね。おやすみ、律」

 身体に伝わる一定のリズムが眠気を更に強めると、徐々に視界が狭くなり、幕を下ろしたように暗くなった。



 おやすみ那由多。





 喉の渇きを覚え目を覚ました。

 時間は午前六時丁度を示している。カーテン越しに照らす朝日がぼんやりと室内を照らしていた。
 身体を起こすと掛けた覚えのない毛布が掛けてあった。那由多が掛けてくれたのだろうか。
 テーブルを挟んで向かい側にあるソファでは彼が寝息を立てている。
 私は彼が目を覚まさないようにリビングから出るとバスルームへ向かった。
 洗面所で水を飲んでから軽くシャワーを浴び、昨日の夜の内に入れた服を乾燥機から取り出すとそれに着替える。そして身支度を整えるとリビングに戻り、まだ寝息を立てている彼の顔を覗き込んだ。

「行ってくるよ。またな」

 眠っている彼の耳には届いていないだろうが、そう耳元で囁くとこの家を後にした。




 やや高くなった朝の日差しが、全てのものを黄金色に染める。その眩しさに目を細めながら愛車を走らせた。




 何処に行こうか。

 特に目指している場所は無いけれど、

 気儘に行く事にしよう。






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