文 一日一話、一週間のシンフォニー《一日目》初心者マークを手に入れた 寒い季節になってきた。 コートにマフラー、手袋。 寒さをしのぐものは、いくつあっても足りない。 動くのを億劫がる那岐は、寒い寒いと言っては炬燵に潜り込んでいた。 若さが足りない。 千尋が常々口を酸っぱくしても、「めんどう…」の一言でタヌキ寝入り。 今ももぞもぞと炬燵の中に潜り込んで、すでにまどろみかけている。 いつもながらに素早い寝付きに、感心しつつも千尋は那岐の足をつついた。 「夕飯の買い物、一人で行くと風早が心配するから一緒に行ってくれない?」 「風早に、帰りに寄ってもらえばいいだろう」 「遅くなるって言ってたから、お店閉まっちゃうよ」 「じゃあ、食べなくていい」 「那岐!」 少し大きくなった声に顔を上げれば、ぶつぶつ文句を言う千尋の顔が、炬燵越しに見える。 風早が帰って来た時にご飯がなかったら可哀そうだとか、鍋は飽きたとか、グラタンが食べたいだとか。 シチューでもいいけど野菜が足りないとか。 風早が可哀そうだとか言っていても、食欲ばかりだ。 食い意地が張ってるわけではないのだけど、よほどお腹が減っているらしい。 「お姫様って感じだよな」 と憧れの目をした同級生が見たら驚くような姿に、那岐はくすっと笑みをこぼした。 「千尋は、何が食べたいんだい?」 「グラタン!」 「中身を決めていいなら行ってもいいけど」 「また、きのこぉお?」 那岐が食事当番だった時、「決定権は僕にある」ということで、思う様きのこ料理を堪能したのが、先々週の話。 さすがに辟易して、「しばらくは遠慮したいですね」と風早と話したのもつい昨日のことのようだ。 嫌いではない。 だが、過剰すぎると遠慮したくなる。 「空腹ときのこ、どっちがいいわけ?」 よっこいしょと面倒そうに起き上った那岐が、炬燵に肘を着く。 その向こうで、きゅるると千尋のお腹が鳴った。 「体は正直だね」 「……よろしくおねがいします」 「王子様みたい!」 と同級生が言う微笑みの前に、千尋は三つ指ついて悪魔に屈服した。 あの微笑みは外交用! 三つ指ついた頭の中で、千尋の心が叫んだのは言うまでもない。 「ただいま――今日はグラタンなんですね」 「おかえり、風早」 ニッコリ笑って、台所に現れた風早の前で、千尋は顔を伏せた。 おや?と思うその向こう側で、那岐は悠々自適に箸を運んでいる。 目の前にはグラタン皿。その中に見え隠れするのはきのこ類。 先々週のきのこ週間が、走馬灯のように風早の頭をよぎった。 「ごめん、風早。買い物に一緒に行ってくれるのは成功したんだけど…」 「条件を出されたんですね」 大方、具の決定権を主張されたのだろう。 しくしくと泣きまねをする千尋の頭をぽんぽんとなでて、風早は席に着いた。 「いったん炬燵に入った那岐を外に出させただけでも、十分ですよ」 「聞こえてるんだけど?」 「おや、聞こえてしまいましたか?」 人たらしの笑顔を向けられて、那岐はぷいっと席を立った。 「那岐?」 「ごちそうさま」 流しに食器を片づけると、那岐は部屋へと昇って行った。 「那岐怒ったかなあ?」 「怒ってませんよ。――素直じゃないだけです」 年下の弟を見るようなまなざしと声音に、千尋はにこりと笑った。 「今度は、いかに条件を減らすかがポイントですね」 「うん」 「期待していますよ」 そう言われると、「那岐のことは任せましたよ」と言われているみたいで、千尋は嬉しくなった。 《一日目》初心者マークを手に入れた FIN. 葦原家の冬の一コマ 2008/11/27初出は日記 ≪ブラウザバック [*前へ][次へ#] |