まとめてニャンニャン 約束はいらない 2 「おい!こんなとこで寝てたら風邪引くぞ」 声を張り上げてみたが、政宗が起きる気配はない。よく寝ているようだ。 もうふた月もこんな状態だと、小十郎が言っていた。そもそも、記憶喪失になった原因は落馬だという。 政宗にしてはどんくさい話とは思ったが、打ち所が悪ければあとあと取り返しがつかないことも起き得る。記憶喪失で済んだなら、まだいいほうだったと言うべきなのだろうか。 足元に散乱した書物を手に取ると、どれもこれもがまつりごとに関わること、国に関わることが納めてあるものばかりだった。 求められる『政宗』を必死にこなそうとしているのか、それとも、それらに、自分の記憶の片鱗を見出だそうとしているのか。いずれにせよ、さぞかしもどかしいであろう…。 衣紋掛にあった羽織りを政宗にかけてやると、元親は部屋を出た。 ― 「ん…」 気がつくと、部屋には西日が差していた。読書をしながら眠っていたことを察すると、政宗は書物を片付けようと起き上がる。そのとき、かけていたはずの羽織りが自分に添えられているのに気がつく。 「政宗…?」 襖の向こうから声をかけられた。部屋の中の気配に気付いた元親の声だった。 「起きたか、政宗」 「元親…殿?」 突然の元親の訪問に驚いた政宗は、ぱたぱたと駆け寄り襖を開けた。 「元親殿!どうされたのです!?」 「おう、あんたに頼みがあって。今いいか?」 「はい、あ、すみません、こんな格好で」 寝起きままの姿を恥じらうしぐさに目がいく。 髪の毛を撫でたり、襟元を気にしながら話すさまが妙に新鮮である。 「しばらくここに、やっかいになりてえんだけど」 政宗は目を丸くした。 「まあ!そんなことでしたら、遠慮なさらずに、どうぞ。用意させますね。こういったことは、おそらく、小十郎のほうがよくわかっているでしょうから…小十郎ーッ!あら、いない…」 大声で小十郎を呼び付ける。喜々とした政宗は、やっぱり別人のようだ。 「どうぞ、ごゆるりと」 「おう、そうさせてもらうぜ。ありがとな。じゃ、またあとで」 そう言うと、元親は政宗の額に唇をおとす。 軽く触れるだけ、一瞬の出来事だった。 「あ…」 思わず。 思わずしてしまった。 「す、すまねえ」 元親はとっさに身体を離すと、そのまま振り返って、どかどかと廊下を歩いていった。 まずったな… ついついとはいえ、政宗だと思った途端にこれだ。 あいつ、びっくりしてたな… 小十郎の考えからいくと、回復に適度な刺激は必要だ、しかし… 「今までは見ぬふりしてきたがな、これからはてめえの好き勝手してみろ、殺すぜ」 だもんなあ… ぼんやりしながらそのあたりをぶらぶらしていると、気がついたら日が暮れていた。 夜になり、いつもどおり政宗の部屋に二人分の膳が運ばれた。元親と政宗は向い合って夕餉をとる。 お互い、さっきのことは何もなかったように振る舞うが、だんだんとその空気がいたたまれなくなる。 「さっきは、すまなかった!!!」 思い余った元親は、大声で謝った。 「…次からは気をつける」 「いえ、あの、はい…」 それっきり、沈黙してしまった。 ―続 20081026 ←*next→# [戻る] |