まとめてニャンニャン 夏の忘れ物 1 あっという間に夏と呼ばれる季節も終わりを迎えようとしている。 相変わらず、政宗と元親はつかず離れずの関係を続けていた。 恋人と呼び合うには苦いけれど、知り合いと呼ぶには深すぎて、友と呼ぶには甘すぎる関係。 曖昧なようではあるが、それは本人たちが望んでそうしていることだから、それでよいのだが。 さて。 ここは四国。政宗のお膝元からはずいぶんと離れたところ、元親の屋敷にいた。 西の夏は暑いと聞き、どれほどのものかと伺うことにしたのだった。 もちろん、元親には内緒で。 「政宗…どうした?」 「んだよ、どうしたもこうしたもあるか。急に思いたってな!」 「つったって、急すぎやしないかい…」 「んなこと言うなよ!社会勉強を兼ねてって、あの小十郎が許してくれたんだぜ!」 「…にしちゃあ、怖い顔されてるぜ、右目殿」 ちらりと政宗の斜め後ろを見やると、頬に傷を構えた、見覚えのある顔が眼光鋭く睨みつけている。 「もともとこういう顔でな」 「あ、聞こえてました…?」 ますます睨みつけてくるその顔を、とてもじゃないがこれ以上は見ていられない。ヘビに睨まれたカエルの気持ちが今ならわかる、と元親は思った。 「」 「にしても、来るなら先に知らせておいてくれりゃあいいものを」 「いいんだよ!あんたを驚かせたかったんだから!それは成功したみてーだし」 政宗は、にかっといたずらっぽい笑顔で元親を見た。 「ははっ!確かに。来てくれてうれしいぜ。歓迎する」 元親もでれた笑顔を返した。 「おい!てめーら!!客人がいらしたぜ!丁重にもてなせよ!」 ― とは言ったものの、こんな時に限って、手元にあるのはどれも立て込んだ仕事ばかりだった。政宗にそのことを伝えると、 「いっつもぶらついてるばちが当たったんだよ!諦めて片付けるこったな」 だなんて、つれないことを言い放つ。 人の気も知らないで… それでも政宗が元親のところにわざわざ来てくれたことは、素直にうれしかった。 政宗たち一行の対応は他のものたちに任せることして、元親は自室で書簡に目を通したりし、雑務を片づけることにした。 廊下で足音がすると、部屋の前で止まり、声がした。 「こちらでございます」 「おっ、ここか!thank you な!」 政宗だ。 「元親っ!」 戸のほうを見ると、政宗が隙間からひょこっと顔を出してこちらを見ている。 「おう政宗。んなとこ突っ立ってないで、入れよ」 「様子見に来ただけだ。忙しそうだしな」 「いいから!ほれ!」 元親は周りに散らかしていた書簡や書物をどけると、自分の隣に場所を作り、ぽんぽんと叩いて政宗を招く。 「…」 促されるように、政宗はそこへちょこんと座った。 「一人か?右目殿やらは?」 「小十郎は野良に興味津々で行っちまったよ。あとは好き好きやってる」 「そうかい。悪かったな、相手もろくにできねえで」 「こうなることも予想済だ。おれが勝手にやったんだし、あんたが気にすることじゃねえや」 「うん…って!おれが仕事ためてるって思われてるってことか!?」 「あんだけ勝手してりゃこうもなるだろ!だからバカだっつーんだよ」 元親は再び、書簡に目を通し始めた。 「その辺にある本でも読んでな。今日の分が終わったら、城の案内でもしてやるよ」 「OK」 適当に棚を物色し、政宗は本を数冊選び、壁にもたれながら読み始める。 書簡を広げる音、筆を置く音、本をめくる音がときおり聞こえるだけの、静かな空間。ふと、政宗は元親に目をやった。元親の横顔が見える。 筆をとり紙に走らせる、長い指、大きな手。 この角度だと、まつ毛の多さがよくわかる。 男のくせにきれいな顔立ちなのもよくわかる。 本を読むのを忘れ、しばし見入ってしまった。すると、視線に気づいたのか、元親が顔をあげた。目が合った瞬間、思わず顔をそらしてしまった。 「…どうした?」 「え、っ…あ!いや!なんでもねえ!!」 動揺を隠すように、政宗は大げさに本をめくりながら読書の続きを始めた。 つい、だ、つい。 あんまり横顔なんか眺めることねえから、珍しいから見てただけだ。 まさか、見とれてただなんて…そんなわけあるか! いや、ないないない! うん、そうだ、珍しかっただけだ! と、自分に言い聞かせて何とか落ち着こうとしたのだけど、どうにもこうにも鼓動がおさまらない。 「おい」 不意に近くで声がした。ばっと顔をあげると目の前に元親の顔がある。 「ぎゃっ!!!」 「おまえ、さっきからおかしいぜ」 「へっ!?どこが?」 「どこもかしこもだよ…ガンくれてたと思ったら目そらすし、本に顔挟んでぶつぶつなんか言ってるし」 「そ、そうか?そうだったか?」 「…まあいいや。今日の分、終わったぜ。待たせたな。外に行くか?どうする?」 さっきまで床の上一面に散らかっていた書簡や書物はなくなり、机上もきれいに片付いていた。元親は言わずもがな有言実行型なのである。 「どこっつっても、ここいらのことは詳しくねえし、行先はお前に任せるけど」 自分から案内するだとか言いだしたのだから、てっきりあてがあるのかと思いきや、そうではないらしい。 「そうだな。じゃあ、ここにしよう」 「ここ?」 「そ。ここ!」 「どういうこと?」 そう言った刹那、政宗は元親の言わんとすることに気づいた。 「いやだ!外に行く!」 「まあそう言うなよ、いいだろ?」 next→# [戻る] |