9 生まれてこの方。 そんな風に言われたのは初めてだった。 『祐遥ちゃんは可愛い』 『祐遥ちゃんは綺麗。女の子じゃないのがもったいない』 そう言われ続けてきた。 それが当然だったのに。 ―――この人!!姿形だけじゃなくて、心まで男前っ!! 感動は、ブリザードのように襲いかかってきた。 先程まで南国のサンバカーニバルだった脳内に、感動のブリザードが吹き荒れた。 南国から一転、シベリアでは寒いっぽいが自分の想像力の限界なので許してほしい。 なにはともあれ。 祐遥は感動した。 ひと昔前のどこぞの首相のように『感動したっ!!』と叫んでしまいそうだった。 ―――何この人!!すげぇ!!この人!!この学園の人かな?なら、絶対友達になりたいっ!! ぜひともご学友の座を手に入れ、その男前な人柄に触れ、癒されたい。 なによりこの相手なら。 欲しい欲しいと幼い頃から切望し続けた、絶対自分に告らない『男友達』になってくれるに違いない。 そうとなればもうのんびりとはしていられなかった。 ここはさっそく第一ステップとして名前を聞かなければと祐遥は決意したが、目の前の彼はまだ落ち込んでいる。 呑気に名前を聞ける雰囲気ではない。 「あの…もういいですから」 「よくないよ。どうしたらいいだろう。どう君に謝罪したら…」 ―――ああ…本当になんて男前… 祐遥を女の子と勘違いしたなんて現象は。 ざらにありすぎていまさら反省材料になるなんて思ったこともなかった。 なのに非を当たり前のように認め、あまつさえ反省のどツボに自ら嵌まるなんて… そんな人物とはついぞ会ったことがない。 ―――友達友達ともだちーーっ!!!! 感動のダイアモンドダストが舞い踊った後は、その二文字に祐遥の脳内は埋め尽くされた。 ―――絶対!!友達になる!! この顔良し身体良し性格良しの美丈夫が。 学園の生徒かなんてもう二の次だった。 というかまたもや悪いクセのおかげで、まったく正常な判断が下せなくなっていた。 少し冷静に客観視してみれば。 目の前の御仁がちょっとどこかズレてることに気がつきそうなのに。 今の祐遥には無理だった。 それでも奇跡のように。 その時、祐遥の耳はまたもやこちらにやってくると覚しき足音を聞き取った。 ―――チッ!!タイミング悪ーーっ!! 神を呪いそうになった。 この美形はいいとしてもその他は駄目だ。 自分の野望を果たす為には誰かに見られるわけにはいかない。 「なあっ!!名前はっ!?」 「え?」 まだ落ち込みのツボに嵌まっていた彼は、唐突に問い掛けられ応えようもなくうろたえていた。 だがそうこうしてる間にも足音はこちらに近付いている。 こころなしか速度が早まったように思えた。 これ以上は無理だ。 舌打ちしそうなのをこらえて、祐遥は彼の方へと早足に歩き出した。 そしてすれ違いざまに、その顔を最後の望みとばかりにじっと見つめて囁いた。 「なあ、この学園のヒトだよなっ!?」 「え?あ?そうだけど」 ―――よしっ!!それならまたチャンスはあるっ!! 心の中で盛大にガッツポーズを決めつつ、祐遥は彼に笑いかけた。 「俺もだから。なら、また会えるよな?そしたら絶対、友達になろ!!」 輝くばかりの笑顔でそう宣言して、祐遥はタイムリミットとばかりに駆け出した。 後ほど方向も解らないのに駆け出したのを、激しく後悔するとも知らずに。 ついでに。 残された彼が、祐遥とはまた違う感動の渦に飲み込まれていたとも知らずに。 * [*前へ][次へ#] [戻る] |