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「もういい加減に承諾してよ。でないと纏将権限で勝手に任命するよ?」
「そんな事をなさるのでしたら、私は軍を辞めて、煌さまの私兵になり補佐をします」
「えーっ!雇ってなんかあげないよっ!!」
「構いません。煌さまに雇って貰わなくとも雪(セチ)殿に雇って頂きます。屋敷の采配は雪殿がなさっていましたよね?確か人事も全て」
「う…っ」
ニッコリと。
人のくえない微笑みで勝ち誇ったように言い放った稔に詰まった。
それでも負けじと煌は繰り返した。
「僕は稔が適任だと思うんだよ」
「私が適任だなどと言ったら、英(ユウ)に笑い飛ばされます」
「え!?笑わないよう」
兵部省の中核である武安殿高楼の最上階。
鎧戸も木枠の窓もを開け放たれ、柔らかな春の風が吹き込む広い煌の執務室の中央で。
近距離で顔を見合わせながら開始させた不毛な言い合いは際限なく続きそうだった。
「あ〜、声をあげて笑ったりはしないかもだけど、冷笑はするな。あいつなら確実に」
ところが、のんびりとした声が乱入して、煌と稔は互いの手を握りあったままそちらを見た。
「晴(ジョウ)!!ねっ!稔に言ってよ!軍師は稔がいいって!!晴だってそう思うでしょ!?」
「晴…。部屋に入る時は声をかけてくださいといつも言っているんですが、お忘れですか」
「いいじゃん、いいじゃん。俺と煌と稔の仲だろ?よう、煌。頑張ってるな。だけど勧誘もそこまでにしとけよ?あ、そういや中務で次の戦司評定は何時にするか〜って聞かれたぞ。暇な時を報らせてやれ」
ひらひらと。
簡素だが技巧の凝らされた掘りで飾られている観音開きの扉に背もたれ、機嫌良さそうに手を振る晴に、煌は訴え、稔は苦言を呈したが当の本人は何処ふく風で見当違いの返事を返している。
「煌さまは忙しいんです。司評定など晴と英でなんとかしてしまって下さい」
「えーっ!そんな事言わないで晴も協力してよーっ!!」
「なんとかしろってお前…無理だろ、それ。煌も諦めろ、無理だ。つーか、稔。いい加減、煌の手を離せ」
先程までのしんみりした空気はどこへやら。
室内は一変した賑やかさが溢れだした。
指摘されて煌は真っ赤になり、慌てて手を離そうとする。
が、くえない笑いを顔に張り付かせたままの稔に強く握り込まれて、ジタバタともがくのみ。
「は…離して…?」
「たまにはいいでしょう?こういうのも」
「おーい、じ〜ん〜」
「特権です」
「えっ!?」
「はぁっ!?ずりぃぞっ!お前っ!!俺だってなぁっ!!」
「え?え?えーーっ!?」
部屋の片隅では、お気に入りの地毯の上で真綿と羽毛を包んだふわふわの丸枕を抱き込んだヨウがのんびり寝そべっている。
そして。
煌の小さな手を2人の男が取り合うのを眺めながら、盛大な欠伸を一つした。
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