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いつだって優しいセイ。頭の良いセイ。

決して、煌を一人にはしなかったセイ。

楽しいことは全て共にしてくれた。

寂しくなれば、腕を広げて包みこんでくれた。
拗ねれば、頤を指先で擽り、悪戯に髪をまさぐり撫でてくれた。

大好きだよ?と、何度も何度も囁いて、甘い接吻けをくれた…



―――………セイ…



春の気配に惑いの森へと心を飛ばしていた煌の中は、ほんの少しのきっかけであっという間にセイでいっぱいになってしまった。


「煌さま、失礼します。次の御前試合の事で兵部より廻ってきていました書には目を通していただけましたか?」

「え?あ…」


いつのまにか潤んでいた視界を持て余したままそちらに目を向ければ、戸口から入ってきたばかりの祁 稔(キ ジン)がこちらを見つめてしばし立ちすくみ、けれどもすぐ何も無かったように人懐っこい笑みを浮かべて歩み寄ってきた。


「欠伸でもしましたか?」

「えっ!?」


クスッと、笑う稔に目許を指さされ、慌ててそこに指先をやれば指の腹がほんのり湿った。



―――ああ、もう。



煌がバツの悪い想いでゴシゴシと目を擦っていると、その手をやんわり止められた。


「あまり擦らないほうがいいですよ?目を傷つけてしまいます」

「あ、うん、そうだね」

「暖かくなってきましたから、昼餉の後は眠くなりますよね。春眠、暁を覚えず、とはよく言ったものです」


止めた手をそのまま額に当て、さらりと煌の前髪をかきあげてくれた稔は、傍を離れると手にしていた書簡の束を執務卓の上へ一枚一枚丁寧に分類しつつ乗せながら、なんでもないことのように話し続けていた。

煌はその横顔を複雑な想いで眺めながら、宥めるように柔らかく触れられた前髪に手をやった。



―――慰められた?



稔はよく、煌の隠した心情を読み取り、こんな風に慰めてくれる。

言葉は尽くさず、ただ、何気ない仕草と会話で煌の心を思いやってくれる心の優しい人だ。


「先程、兵部省に寄りましたら、担当官吏に捕まってどうなっているか問われました。後回しにしたのはまずかったですね」

「うん、でも今朝は評議もあったし…」

「ですね」


とにかく仕事だ、と。
まだ心にわだかまる寂しさの残滓を振り払って、件の書簡を詰み上がる案書の山の中に探し始めた。


「今日は西の砦に回す人員と兵糧を最優先で決めなくちゃいけなかったでしょ。だから、御前試合の方は後回しになっちゃったんだよね」

「ええ、でも言ってはなんですが、御前試合は所詮ただの模擬戦ですから。人民の命に関わらないのなら、後回しはいたしかたなしでしょう。それでなくとも先に片付けなければならない物は山積みです。」


そう言った稔は、スイッと一枚の書を差し出して、悪戯めいた笑みと共に片目をつぶってみせた。

それにとりあえずアハハと、乾いた笑いを返し受け取った煌だったが、稔の言葉は心にズシリと重くのしかかった。


*


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