おはなし B マネージャーとして入部する時に確かに見えていた宗也くんの視界が、見えなくなっていた。 宗也くんの試合を見てドキドキはするけど、なにか感じるモノがなかった。 ナナちゃんには俺の視界が見えたんだ。これって凄いよ! これは嘘だったの?嘘じゃないならなんで今見えないの?こんな大事な時に、見られないなんて… 私ってなんで剣道部のマネージャーになったんだ? 「お、起き上がったぞ」 森野さんの言葉に我に返りコートを見た。相手に支えられながらもなんとか起き上がる宗也くんの姿。やっぱり頭を強く打ったのか頭を左右上下に動かし、ピョンピョン飛んで跳ねて身体を解した。 審判も心配になって声をかける。宗也くんは頭を下げて大丈夫なように見せた。 「大丈夫そうだな」 「ですね。良かった」 大丈夫、なのかなぁ…?足を見ると、別になにも変わりはないし見間違いだったのかな? 「合議」 主審が旗を上げ、三人の審判が中央で話し合いをしている。しばらくしてまた定位置に戻ると両選手も開始線に戻り構えの姿勢に。 主審が西軍の選手の方に指を立てた。 「反則一回」 西軍の選手反則取っちゃった。でも仕方ないよね、あれはちょっと故意的だったっていうかおかしかったし。 はじめの号令がかかり、試合続行。 「あとどれくらい?」 「…30秒くらいじゃね?」 「さすがに相楽まではいかないか」 引き分けても宗也くんの終わりなんだ。 「…っお?」 胴の良い音が鳴り審判が三人とも宗也くんの白旗を上げた。 相手が焦って面を打ったところをかわして胴…えっと、この技名前なんだっけ? 「返し胴で取っちゃうか、この流れで」 「転んだ後だってのに凄いですね」 そうだ、返し胴。私が入部した時の潮坂さんとの試合でも返し胴で一本取ったんだ。 「これで四人目!次の五人目に勝ったらいよいよ相楽とっすね、綾野先生っ」 「うん…そうだね」 嬉しそうにする虎治さんを横目に、考えるポーズをして宗也くんを見つめる綾野先生。 「(あ、綾野先生ももしかして…足のこと気付いたのかな?)」 *** ムネの馬鹿!無理すんなつってこの有り様だよ、全く…。 「はじめ!」 五人目。道着袴が白白の印象深いヤツだった。 「ん…?」 あれ?ムネの構えが…。 やたらと足を動かして…いや、あれは動かすというより跳ねている。前後、もしくは左右…跳躍するかのように。 「(ムネ、あんな構えだったっけ…?)」 違う、明らかに今までと違う。 ムネのスタイルは、相手を捕らえるよう両足に体重をかけどっしり構える。竹刀は決して動かさない、我慢が出来るんだ。 「…アイツ、怪我してんじゃないっすか?」 「えっ…?」 隣で、すでに面をつけた玲雄磨が呟く。 「怪我、だと…?」 「れおも、試合中にちょっと足痛くなったらアレやりますよ。延長とかで長引いて足に負担がかかったりしたら」 「…あんな動くのか?」 「あそこまで動かないっす。ましてやムネがあんなことしないっしょ」 確かに…。倒れた時にちょっと足がおかしかったようにも見えたし。 「ここまで来たら相楽まで行くでしょ、アイツなら」 「…だな」 俺のためなのか、自分のプライドからなのか…それは分からない。ただ、ムネは目の前の相手を倒すことしか今は考えてない。 「(アイツには今…中学時代の、厚木西の佐久間宗也が乗り移ってる)」 アイツのオーラを目の前で感じると身体が震えた。 *** 押し合いは相手に負けた。転けることも頭を強打することも、今さら騒ぐことじゃない。ただ、足の違和感にはおかしいなと思った。 相手の足に引っかかりそのまま倒れた瞬間、右足の筋がブチッと鈍い音を立てた。最初はなんともなかったけどしばらくすると痺れ始め、返し胴で一本取った時の踏み込みで完全に痛みを覚えた。 「(この感じは…なんだろう、骨じゃないな。筋肉かな…?)」 痺れも依然として治まらない。 ジッとしてる方が痛い。だから常に足を動かしておくことにした。跳ねてる方がいいかも、いつでも前に飛び出せる。 こんな時に怪我するなんて…ついてないな。この選手を倒せば相楽さんなのに。 「(…もし、相楽さんを倒せたりしちゃったら)」 いや無理だ。もうこれで五人目。俺は怪我してるし疲れている。身体が動かない。 「面あり!」 五人目で初めて一本取られた。しかも先取。いや、いつもならかわせたはずだ。言い訳なんかしたくないけど、足が動かなかった。言うことを聞いてくれない。 …手は抜きたくない。疲れてるからって怪我してるからって諦めちゃってわざと負けるようなこと絶対したくない。潮坂さんには悪いけど相楽さん相手に、相楽さんだからこそ本気でぶつかっていかなきゃいけない。 剣道は格闘技だと教えてくれたのは厚木西の先生だった。格闘技をする以上、生半可な気持ちではいけない。怪我なんて付きモノ、当たり前だと。 そんな先生は、俺が捻挫しても疲労骨折しても稽古をさせた。試合に出させた。でも俺は負けなかった。 今、相楽さんを前に俺はここで踏ん張らないといけないんじゃないのか? 「小手あり!」 俺に旗が上がる。俺は、手を抜くような剣道なんてしない。今でも、これからも。 *** 佐久間やりすぎや。五人とかあいつアホやろ。普通に考えてあり得ん人数としかも連チャンで試合。どんだけスタミナ有り余ってんねんこいつ。 んで、今までの西軍のヤツらもヤツらや。一人目二人目はええとして、三人目四人目ましてや今の五人目なんか小手取られるとか情けないわ。佐久間舐めんなとは言わんが、疲れてるはずやろ。なんで勝てへんねんお前ら。 …まぁさっき五人目に一本先取されたのを見るとだいぶ疲れてとるわ。小手取り返したけど。 せやけど変な動きしよるな。四人目まで普通やったのに、五人目からこれや。四人目で転けた時どっかひねったんちゃうか? 「(…あかん、潮時や)」 可哀想やけど、ここで終わりや。ここまで来たら俺とやりたかったやろうに気の毒やけど…。 「面あり、勝負あり!」 周囲観客がオォーと感嘆の声を上げた。 …まじで?ここ来て二本勝ちするか? お互い礼をして下がる頃には、観客皆佐久間に拍手のエールを送っていた。 「(…みんな、佐久間が全員倒すと思うてんのか?)」 無理や。この流れで俺が佐久間倒すのは気まずいけど、2コ後ろには空もおる。全員倒せるわけがない。まぁ空倒したらもう全員いけると確信してもええけどな。 ていうか、五人も相手したヤツに俺が負けるわけないやん。別に自分のこと強いとは言わんが佐久間も絶対疲れとる。 「(可哀想やけど…俺との試合長引かせたらあかんわ)」 開始線まで足を運んだ。佐久間のヤツ、フラフラやんか。足引きずってやっぱ怪我しとるんやわ。目も虚ろやし、なんや気迫だけで剣道しとるみたいで怖いオーラを感じる。 「はじめ!」 『赤、大阪浪速西高校 相楽隼人選手。浪速花乃中学校出身』 「ヤアァァア!!」 おーまだそんだけ声は出るんやな。メンタルは厚木西で鍛えられたみたいや。 「メンンンッ」 攻めて斬新を残す。身体はボロボロでも基本に忠実や。とても出来るモンやない。 やけど…。 鍔ぜり合いになって分かった。力が全く入っとらん。 「(普通に面打っただけやとコイツは潰れんな…)」 踏み込みをして思いっきり押して引いてやると佐久間はフラッと足を崩した。 そこへ全体重をかけて喉元に突きを食らわす。 「突きあり!」 佐久間はきれいな弧を描いて真っ直ぐ仰向けに倒れた。 会場が一気に冷めたように静まった。 「(こんなカタチで佐久間と試合したなかってんけど…)」 怪我して連チャンで試合しとる不利な状況の中、長々と試合させたなかった。個人的な情を挟んでもうてスマン、佐久間。 審判三人とも佐久間に近づき声をかけるが返事がない。 「担架、担架お願いします!」 やっぱそうなるわな。 途端に会場内は騒ぎだした。 次は潮坂や。潮坂を見た。動揺などは見られんかった、怖いくらい冷静やった。ただ、ずっと佐久間から視線を外さんかった。 佐久間が担架で運ばれてしばし間が空いた。 「潮坂っ」 大事な試合に情を挟んでもうた自分が恥ずかしかった。それだけは謝りたかった。 「相楽…」 「…すまんっ」 「急になんだよ?」 「俺はっ…佐久間ともっと試合したかった」 「……」 「あいつの剣道、もっと見てみたかった」 「…知ってるよ」 「やけど俺…余計な情を挟んでもうた」 「余計な情…?」 「自分もこのまま佐久間が戦い続けるのはアカンて分かっとったやろ?俺もすぐ分かった。やから、すぐ終わらせてやりたかってん」 「……」 「連チャンで試合してその疲労で怪我もしとったみたいやし、それが次剣道する時に支障なるんが俺は耐えられん!やから…やけど、こんなカタチで佐久間と試合なんてしたなかった」 「相楽…」 「俺は、100%の佐久間と試合したいねん!」 「…ありがとな」 「へ?ありがとう?なんで?やって後輩が他校のヤツにやられてんで、ムカつくとかないん?」 「ムネは俺と相楽が当たるようここまで耐えて戦いぬいたんだ」 「俺と、潮坂が…?」 「俺も、自分の相楽とやりたいってワガママのためにムネがああなるなんて耐えられない。そんなことしてまで仲間を傷付けることはしたくないんだよ。だからさっさと終わらせてくれた相楽には感謝したよ、正直」 「それで…ありがとうなんか」 「でもアイツ、とことんやるヤツだから自分が納得いくまでやるんだ。自分の身体とかおかまいナシ」 「…そんな、」 「なっバカだろ?でもさ…俺はそんなヤツらと剣道やって、相楽とこんな大舞台で戦えるんだ。ひとりの力じゃない、それは誇りに思うよ」 「…わけ分からん」 「なにが?」 「どうせやったらめっちゃ怒られて怒鳴られた方がマシやったわ。その方が試合しやすい。感謝されるとか…調子狂う」 「ごめんごめん」 「…ほななっ次は100%でやるからな!インハイ並みにやるからな!佐久間のこと無駄にしなや!」 「あぁっ分かってるよ!」 剣道やってるヤツって独特なヤツ多いけど、潮坂は今までにないタイプや。こっちは調子狂うけど、元気もらえる。 「ハヤトせんぱーい!」 「ハヤトくんっ」 西軍に戻った時に丁度観客席からみずきとヒロの声がした。 「大丈夫なーん!?」 「おーう、大丈夫や!」 「ハヤト先輩っ次頑張って下さい!」 「ありがとうなーっ俺は、勝つ!」 拳を掲げてみせる。審判の人や先生見てはらへんかヒヤヒヤな中やった。 *Cに続く* [*前へ][次へ#] [戻る] |