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おはなし
F

俺は、どうしたら玲雄磨を暗闇から助けられるんだ?どんな言葉をかけてやればいいんだ?

「…じゃあ玲雄磨。剣道部とか綾野先生とか、そういうの関係なしに…剣道自体はどうだ?したいか?」

「剣道自体、っすか?」

しばらくの沈黙。下を向いていた玲雄磨はゆっくり顔を上げた。

「……したいっす」

よし、まだ希望は見える。

「…わかった。またメールする」

「え…ちょ、なんなんすか?」

「またメールするっつってんだろ。じゃあな、お邪魔しました」

「はぁ…」

頭にハテナを浮かべたままの玲雄磨を後に、部屋を出た。

「(女神はまだ俺らを見放しちゃいなかった)」

そうだ。俺らは、剣道が好きで剣道がやりたくて剣道部にいるんだ。チャンスはまだまだある。


***


なんなんだ潮坂さんわけ分かんねぇ。

「(剣道、か…)」

しばらくして、また昔のことを思い出していた。


***


かつきのことがあってから、忘れたい一心でひたすら剣道に打ち込んだ。

中学自体はそんな強くもなかったが、れおは個人で県大会ベスト8まで登りつめた。流石に中学から始めて全中には行けなかった。

しかし、実力を見てくれた清林がれおを拾ってくれた。こうしてスポーツ推薦で清林になんとか入学した。

入学式当日。親にはあえて来るなと言っておいた。家も親元を離れて下宿した。別に今さらになってひとりが寂しいなんて思わない。

「…あっ綾部くんだぁ!ねぇキミ綾部玲雄磨くんだよねっ」

そこで出会った最初のダチが、同じクラスで剣道部のムネだった。

最初ムネを見て度肝を抜いた。俺と同じ中学から剣道を始めたってのに、2年の時に全中に出てベスト16まで勝ち進んだ強豪厚木西中のあの佐久間宗也も同じ清林に拾われたわけだ。しかし…、

「(マヌケな面しやがって)」

本当に全中ベスト16か?どう見たってヘタレじゃねぇか。眉毛ハの字にさせやがって。

「…れおのこと知ってたんだ」

「え?うん、そりゃ知ってるよ!神奈川県大会ベスト8の綾部くんでしょ?見たことある顔だなーって思って」

「ふ〜ん…」

「知ってる人誰もいなくてさぁ〜…良かった!同じクラスだよね!」

「あ、そうなんだ」

「一緒に教室行こうよ!その後、剣道部にも顔出してさぁ」

「あぁ…剣道部、か」

「どしたの?剣道やりに清林来たんでしょ?」

「あぁ、まぁな」

剣道部には1年が十何人か来ていた。ほとんどがスポーツ推薦で来たヤツらばっかりだった。

「…おい、佐久間だ」

「わっ佐久間…本物!?清林に来たんだ」

「すげぇ、これから佐久間と稽古出来るんだなっ」

やっぱりムネは有名人だった。でも本人は無自覚みたいだ。

「…っちわ!」

「ちわっ」

「ちわ!」

うわっ…挨拶の仕方がいかにも強豪校って感じだな。みんな始める前からなに固まってんだ?

「おーっし!入部希望者はこれで全員だな!」

一番に道場に入って来たのが潮坂さんだった。

「俺は2年で主将の潮坂だ。で、右のこいつが同じ2年で副主将の森野な!」

「副主将の森野勇気だ」

あぁそうそう、ここで潮坂さんが自分のフルネームを言わないことを森野さんに指摘されて…んで渋々、小さい声でカオルって言って虎治さんに笑われたんだっけ…。

それを見て、とてもじゃないけど強豪清林の風格なんてまるっきりねぇじゃんって思って…。

「じ、自分はっ厚木西中出身の佐久間宗也です!」

なのにあのムネまでもこんなガチガチにさせて自己紹介とかしちゃって…なんか笑けてきた。

「次ー、そこの青い髪のヤツ」

…あ、れおか。れおの中学は別に強豪じゃねぇし、周りに合わす必要もねぇか。

「どーも。横浜みなと中の綾部玲雄磨っす。よろしくっす」

一瞬、シラケた。今までみんな「自分は…」とか堅苦しい自己紹介だったのに、れおのこのやる気無さげな自己紹介にみんな目見開いてら、なんか面白いな。
まぁセンパイにブチギレられるのが覚悟の上だな。

「おーっいいじゃん、こういうヤツ!」

なのに、虎治さんは手を叩いて笑った。他の先輩たちも苦笑いだったが笑っていた。

「ま、まぁ…自分らしくていいんじゃないかな;」

「オレ流ってヤツ?」

「みんなガチガチだったしな。いいムードメーカーになったよ。綾部ナイス」

あの森野さんも親指を立てて、れおに向けた。そわそわビクビクしていた1年の緊張も解れたみたいだ。あれ、意外とれお良かったんじゃねぇ?

その後、1年だけで顔合わせもして…このメンバーで3年間剣道するんだなって思って。そんで解散になった。

ひとり、道場を出た時だった。

「玲雄磨!」

誰かがれおを…しかもいきなり名前呼び。

「…あ」

潮坂さんだった。

「玲雄磨って…れおのことっすか?」

「おう、玲雄磨でいいだろ?」

「いっすよ」

「それから、ありがとな」

「はい?」

「みんなガチガチだったろ?毎年、強豪出身の新入生はあんなんなんだ。今年はお前がいてくれて良かったよ」

「…はぁ」

‐お前がいてくれて良かった‐

そんなあったかい言葉、言われたことなくて胸がくすぐったかった。

「れおの中学、別に強くねぇし…だから並の中学剣道部の挨拶しただけっすよ」

「並って言うなよ並って…。まぁ緊張解れたから良しとしてだな、玲雄磨」

「はい」

「お前、自分のことなんて呼んでる?」

「れおっす」

「俺、じゃなくて?」

「れお。変っすか?」

「…まぁ個人の自由だからいいんだけど。直せるなら直せ、いいな?せめてOBの前でだけは自分つっとけ、ブチギレられるから」

「うっす」

今さら直せるかよ。元はと言えばかつきがー…もういいや、今さらかつきのことは思い出したくもねぇ。

「よし、止めて悪かったな。明日からまたよろしくな!」

そう言って、れおの頭を撫でた。

これが、れおと潮坂さんとの出会いだった。


***


「らしくねぇな…」

こんなこと今さらになって思い出すとかさ。年寄りじゃねぇんだよ、れおは。

「なんであんなこと言っちまったんだ…」

潮坂さんはれおを連れ戻しに来てくれただけだ。必死になって、れおの手を掴もうとしていた。

なのに、自分からそれ追っ払っちゃ意味ねぇじゃん。なにやめるなんて宣言しちゃってんだ?やめる気なんて本気でありゃしねぇのに。

「(…ダメ、なんだよ。優しくされちゃ)」

れおは今まで優しくされたことないから。されてもそれは全部ウソだったから。
本気で優しくされちゃ…どう対処すりゃいいのか、どんな顔すりゃいいのか分かんねぇ。素直に喜べねぇんだよ。

「(だからって、突き飛ばす必要はねぇ)」

もう遅い。
潮坂さんが家に来てくれたついさっき、素直にぶつけとけば、ややこしくならずにすんだのに。

素直になるって、なんなんだろうか…分からない。

とにかく今は、潮坂さんからのメールを待つしかなかった。

*Gに続く*




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あきゅろす。
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