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もしもの話
出会い。


海の上に聳え立つ廃墟と化した巨大な城。


海馬はその城に足を踏み入れた。





世界中を放浪してきた海馬が、偶然立ち寄った村で耳にした不吉なしきたり。


“角を持つ子供は、海の上の城に生け贄として捧げなくてはならない。”


生け贄という言葉に不穏なものを感じた海馬は、村の長老から詳しい話を聞き出した。


最初こそ余所者の自分に話すことを渋っていたが、海馬が

“村の事情には一切の干渉をしない”

ということを約束すると、その重い口を開いた。





この村では、数年に一度頭に角を持つ子供が生まれることがある。
どうやってそれを知るのかは判らないが、角を持つ子供が生まれた家には城の主からの言伝が届く。

“角を持つ子の13才の誕生日に、その子を生け贄として城に捧げよ”

最初にその言伝が届いた時は村中の人間が動揺した。
角を持つ異端の子とはいえ、生け贄として捧げることは躊躇われたのだ。


だが、城の主はそれもお見通しだったのだろう。
その子の13才の誕生日が近づくと、村の周囲に黒い影達が現れるようになった。


それだけではない。


影達は、子供を生け贄として捧げることに反対する素振りを見せた者に襲いかかるのだ。
殺されることこそなかったが、後遺症が残った者もいた。


村人達は悟った。
城の主が自分達を監視しているのだと。


結局、角を持つ子は城へと捧げられた。


……それ以来続いている、忌まわしいしきたり。





(生け贄が捧げられているというから、どんな血生臭い場所かと思えば……)


村の事情に口出しする気はない。


ただ、城の主に生け贄を求める理由を尋ねてみたかった。


そうして訪れた城の中の様子に、海馬は戸惑いを隠せなかった。





苔蒸してはいるものの、年月を経た今も尚原形を保つ石畳。


かつての栄華を思わせる荘厳な造りの内装。


城そのものから発せられているかのような静謐な空気。


そのどれもが、海馬の想像とは違っていた。










「……誰だ?」


辿り着いたのは長い螺旋階段のある部屋。

高い場所から城を見渡せば何かわかるかもしれない。
生け贄の子供達の痕跡だけでも、見つけられれば御の字だ。
そう思い階段を上り始めた途中、奇妙なモノを見つけた。


天井から鎖で繋がれた、大きな鳥籠の形をした檻。


檻の中の、少年。


「お前、何故閉じ込められている?」
『……』


返答はない。
眠っているのだろうか、蹲ったまま動く素振りを見せない。


(まずはコレを下ろすか……)


近くに檻を下ろすための仕掛けがあるだろうと踏んで、更に階段を上る。





ガシャンッ!ガラランッ!


「大丈夫か!?」


操作レバーを見つけ、檻を下ろしたまでは良かった。
だが鎖が傷んでいたのか、下ろす途中で鎖が切れ檻が床に叩きつけられたのだ。
その衝撃で檻が開き、少年は床に投げ出される。


「おい、しっかりしろ!」


目立った怪我はないようだが、頭を打ったかもしれない。
そっと抱き起こして頬を軽く叩く。
少しして、少年はゆっくりと目を開けた。




∞∞∞∞




ずいぶん長い間、ここにいる。


ここにいるのはボクとあの人だけ。
あの人は城の外で何かしているみたいだけど、ボクには止めることも諫めることもできない。
こうして檻の中で、ただ“その時”がくるのを待つだけ。


……?


声が、する。
あの人とは違う声。
何を言っているのかはわからないけど、あの人の怒りを買う前に出て行ってほしい。
あの人を怒らせたら、とっても怖いことになるから……


!?
檻が動いてる!?
もしかして、さっきの声の人が……?


一体、どんな人なんだろ……


え、何?なんか嫌な音……が……





……誰かが、ボクを呼んでる。
そっか、檻が落ちて……ボク、檻の外に投げ出されちゃったんだ……





蒼だ……
深い深い、澄んだ蒼。




∞∞∞∞




不思議な少年だった。


生け贄の子供達の一人かとも思ったが、角はない。
纏っている服も村人達の物とは趣が異なる。
神官や巫子の服に近い、法衣のような白い服。


生け贄の子供達とは別に、城の主とやらが連れ去ってきたのだろうか。
海馬がそんなことを考えている内に、ゆっくりと開かれた紫水晶の瞳。
まだ焦点が合わないのか、二、三度瞬きをする。
その瞳と海馬の視線が交差した。


(何だ、この感覚は……?)


その瞬間、魂の奥底まで見透かされたかのような、だが決して不快ではない奇妙な感覚。


少年は、ゆっくりと海馬の腕の中から立ち上がった。
不思議そうに周りを見回している。
もしかしたら、この城に来てからずっと檻の中にいたのかもしれない。


「お前は、何故ここにいる?」
『※※※※※……?』


言葉が、通じない。
これでは少年の名前さえ知ることができない。


(さて、どうするか……)


筆談という手段も考えたが、言語が異なる以上使う文字も異なる可能性が高い。
途方に暮れかけたその時。


『※※※!』


突然の叫び声に少年の方を見ると、黒い影が少年を抱え上げて連れ去ろうとしていた。


「そいつを放せ!」


反射的に腰に下げた剣を抜き、海馬はその影に斬りかかった。


直感だった。


少年を連れて行かれたら、取り返しのつかないことになる。


確信に近い閃き。





海馬が斬りかかったことに怯んだのか、影は少年を取り落とした。
好機とばかりに斬撃を繰り出す内に影は形を崩し、黒い霧となって虚空へと消えた。


「……無事のようだな。」
『……』


今の出来事が衝撃的だったのか、立ち上がることも、声を出すことも出来ないらしい。
だが、ここに留まっていては何時また先程のような事が起きるともわからない。


「一先ずこの城を出るぞ。……立てるか?」
『※※※………』


差し出された手と海馬の顔を見比べて、少し考える素振りを見せた後に、少年はその手を取って立ち上がった。


自分のものよりもずっと小さい手。


この手を離してはならない。


不思議な使命感が、海馬の胸を過った。




∞∞∞∞




自分の脚で立って、周りを見渡す。
城の中って、こんなに広かったんだ……


「※※、※※※※?」
『何て言ったの……?』


蒼い瞳の男の人。
少しあの人に似てるけど、言葉がわからない。
檻から出してくれたお礼も、早くこの城から出ていった方が良いって伝えることも出来ない。
この人も困ってるみたいだ……どうしよう……


『……!?』


視線を感じて振り向いた先には、あの人の下僕の黒い影。
存在は知っていたけれど、いざ目の当たりにすると怖いとしか思えない。
恐怖に竦んでしまっているボクを、影が抱え上げる。

このまま、あの人の所に連れて行かれるの……?


『嫌だ!』


ここで影から逃れたとしても、城の外では生きられないというボクの運命は変わらない。


だけど。


せめて、蒼い瞳の人が城から出ていくのだけは見送りたいんだ。


「※※※※!」


何!?


……蒼い瞳の人が、影と戦ってる?
影が……消えてく……


「……※※※※」
『……』


今度は恐怖じゃなく、驚き過ぎて動けない。
影に戦いを挑んで、そして勝ってしまった怖いもの知らずなこの人に。


「※※※※……※※?」
『え、あの…………』


ボクに向けて差し出された手。
ボクと一緒にいたら、またあの影達が来るかもしれないのに。
この人を危険な目に合わせたくないなら、ボクはここに留まるべきだって思うのに。


ボクは、その手を取った。


ボクとは違う、大きくてがっしりした男の人の手。


この手を離したくない。


つい、そんな風に思ってしまった。





廃墟となった城の中で出会った青年と少年。


長くて短い、冒険の始まり。


END

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