もしもの話
世界の変わる日。
その日、世界は一変した。
『武藤遊戯君、自宅からお電話です。すぐに職員室まで来てください。』
昼休み。
遊戯と幼なじみの杏子、友達の城之内と本田。
いつも通りの昼ご飯の後のおしゃべり。
そこに、突然の呼び出し。
「家から?……何だろ一体。」
「まさか、じいさん倒れたとか!?」
「何縁起悪いこと言ってんのよ!」
「とにかく、早く行ってこいよ。」
「……うん、そうだね。」
微妙に暗い雰囲気になりながら、何でもないことを願い遊戯を待つ。
その願いは叶わないと知らないままに。
バアンッ!
「遊戯っ!?」
派手な音を立てて教室のドアを開けたのは、今にも倒れるんじゃないかというくらいに青ざめた顔の遊戯だった。
「ゆ「ゴメン、ボク、帰らなきゃ……」
説明する余裕すらないのか、帰ると告げるとリュックを背負って教室を飛び出していった。
その理由を知るのは午後の授業の開始前。
「武藤は……早退だったな……」
妙に沈痛な面持ちで確認する教師に、城之内が思い切って質問した。
「センセー!遊戯、何で早退したんすか?」
言うのを躊躇う様子を見せながら告げられた言葉に、教室中が動揺した。
「……武藤のお父さんが、飛行機事故に遭った可能性かあるらしい。」
騒めく教室。
普段は他人に関心を持たない海馬も、虚を突かれたような表情をしている。
「静かに、静かに!!……まだ安否確認の段階だから、事故を免れている可能性もあるんだ。事実が確認できるまでは変に騒ぐなよ!」
それでも動揺は収まらず、教室のあちこちで囁き声がする。
『武藤くん大丈夫かな……?』
『お父さん、無事だといいね……』
『そういや昼休み、真っ青な顔して飛び出していったよな。』
『そりゃショックだろ……親が飛行機事故に遭ったかもしれない、なんて聞けばさ。』
クラスメイト達の囁きの中、杏子には心配していることがもう一つあった。
(遊戯のお父さんに万一の事があったら……“その後”はどうするの、遊戯……)
今は杏子だけが知る遊戯の“事情”が、更に彼女の心の不安を煽った。
「お帰りなさい、兄サマ。」
「ただ今、モクバ。」
海馬は帰宅すると、すぐにテレビを点けた。
案の定、どのチャンネルも飛行機事故に関する緊急特番になっていた。
「飛行機事故?……兄サマ、どうかしたの?」
「……クラスの奴の父親が、飛行機事故に遭ったらしい。」
「え!?」
「まだ安否の確認をしている途中らしいが……」
「そうなんだ……無事だといいな、そいつの父親……」
「……ああ、そうだな。」
幼い頃に両親を事故で亡くし、今の養父である海馬剛三郎に引き取られるまで施設で過ごした二人は、どうしてもこの類の話には敏感になってしまう。
「……兄サマ!夕飯どうする?オレ、カレーライスが食べたいぜい!」
重くなってしまった空気を振り払うように努めて明るい声を出す弟に、海馬も穏やかな声で答える。
「そうだな……確か前に作った時のルーが余ってるはず……」
「じゃあカレーライスにけってーい!」
そう言ってキッチンに駆け込んで、冷蔵庫の中からカレーの材料を取り出していく。
そんな弟の様子を微笑ましく思いながら、制服のままだった自分に気付いた海馬は着替えるために奥の部屋に入っていった。
《…―なお、搭乗者名簿に日本人の名前は7名。その中には日本最大手のアミューズメント企業である武藤カンパニー代表取締役社長、武藤双太さんの名前も記載されており、安否の確認が急がれています。あ、今―……》
遊戯はしばらく学校に来なかった。
学校に入った連絡では、残念ながら遊戯の父親は死亡が確認されたということ。
父親の職業が少々特殊で、その後処理に追われているということ。
……遊戯は、父親の死に最初こそ錯乱していたが、今はなんとか落ち着いているらしい。
「遊戯、まだしばらくは学校に来られないみたい。」
「そっか……」
「……そういや、遊戯の親父さんの仕事って何なんだ?城之内は知ってるか?」
「いや、知らねえな……杏子は知ってるか?」
「……」
「杏子?」
「……なんか、どこかの会社の結構重要なポストにいたみたい。」
「杏子もわかんねーのか?」
「家で仕事の話をする人じゃなかったのよ。……私も詳しくは知らないわ。」
「そうか……まあ、何だ。遊戯、早く立ち直れるといいな。」
「だな。」
(…………)
遊戯の身に降り掛かっている困難を思い、杏子は心の中で溜息をついた。
(遊戯……負けちゃダメよ。)
遊戯の姿を見ることができたのは、そんな会話があった日から更に五日ほど経った頃。
余りにも意外な形で、彼の姿を確認することになる。
日曜の夕方。
モクバは友達と遊びに行っている。
夕飯の仕度には少し早い時間。
つまらないバラエティーよりはニュース番組の方がマシだろうと思い、適当にテレビのチャンネルを変えていく。
《…―では次のニュースです。先日の航空機墜落事故で亡くなられた武藤カンパニー代表取締役社長、武藤双太さんの後任が決定しました。―…》
(やっと決まったのか……)
海馬は武藤カンパニーに思い入れがあった。
常に新しい娯楽を提供しようとする意欲。
それを実現する技術力。
そして、子供達を大切にするその姿勢。
“世界中に遊園地を作って無料で子供達に開放する”という夢を持つ海馬にとって共感を覚えるものだった。
つまりは、いずれ入社したいと思っている会社なのだ。
(一体どんな奴なんだろうな……会社の方針を変えるような奴なら、就職先の変更も考えねばならんが……)
《…―それでは記者会見の模様をご覧ください。―…》
(!!?)
映像自体はよくある記者会見の光景だった。
だが、その中心にいた人物はこの場に相応しいとは言い難い小柄な少年。
(馬鹿な!?こいつは……)
《…―それではご紹介します。前社長、武藤双太さんの一人息子で新たに社長に就任しました武藤遊戯さんです。―…》
「武藤、遊戯……」
会話したことこそ少ないが、そこにいたのは間違いなくクラスメイトの武藤遊戯だった。
世界が、変わった日。
END
あとがき。
ごめんなさい遊戯パパ。
名前捏造はともかく、物語序盤にして事故死させてしまいましたι
高橋先生いわく、遊戯の父親は作中では単身赴任中だそうですが。
少し暗めというか、シリアスな話が続くかもしれません。
最終的には海表ラブラブに持ってくつもりですけどね!(結局それかい)
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