小話
武藤遊戯の最近の悩み。
最近のボクは、なんだか少しおかしい。
そう感じるのは、海馬くんといるとき。
海馬くんはもうひとりのボクにしか興味がないと思ってたから、ボクが話しかけても返事を返してくれるか、最初は不安だった。
でも、挨拶をすれば返してくれる。
わからない問題を教えてほしいと言ったら、わかりやすく説明してくれた。
突き放されるかもしれないという少しの怯えも、次第に薄れていった。
海馬くんは、ちゃんと応えてくれるから。
前に一度、もうひとりのボクと代わろうかと聞いたら、
『学校でまでヤツと会おうとは思わん。』
って返された。
もうひとりのボクと海馬くんは仲が良さそうだから、話をしたいかなって思ったんだけどな。
……海馬くんのその言葉が、ちょっと嬉しかったって言ったら怒られるかな?
学校にいるときは、“ボク”が海馬くんと一緒にいられるから。
決闘(デュエル)の時はもうひとりのボクが海馬くんを独占してるけど、学校でなら“ボク”が独占できるから。
……
なんで独り占めしたいって思うんだろう?
今、ボクは一人。
杏子と城之内くんはバイト、本田くんも家の手伝いで早く帰った。
今日ボクは日直で、日誌を提出しに行ったら先生に手伝いを頼まれた。
……ボク一人でこんなたくさんの資料集図書室に返せって、結構ムチャだよ先生……
全部抱えると重いし、前も見づらい。
途中で何回か抱え直しながら、なんとか図書室の前まで来たんだけど。
(どうやってドア開けよう……)
足で開けるのは行儀悪いし、バランス崩して資料集落としそうだし……
「すみませーん!」
中に誰かいるかもと声をかけてみるけど、運悪く誰もいないみたい。
どうしよう、腕もちょっと痛くなってきたし。
ガラッ
「何を突っ立ってる、さっさと入れ。」
「……海馬くん!?」
いきなり現れた彼に驚いていると、ボクの抱えていた半分以上の資料集を持って図書室に入っていった。
「これは置いておけばいいのか。」
「あ、うん、棚に戻すのは先生がやるって。」
貸し出しカウンターに資料集を置いて、二人揃って図書室を出る。
「ありがとう海馬くん、助かったよ。」
「……いつものヤツらはどうした。」
「今日はみんな用事があって、先に帰ったんだよ。」
「ふうん……」
そういえば、どうして海馬くんは学校に来たんだろ?
「海馬くんはどうして学校に?もう放課後だよ?」
「課題の提出だ。それに、明日は一日授業を受けられそうだから時間割の確認もしたかったのでな。」
「そうなんだ!」
そっか、明日は一日学校にいられるんだ海馬くん!
「あのね、明日の体育はサッカーなんだ。」
「そうなのか。」
「うん、出席番号で二チームに分かれるから、ボクと海馬くんは同じチームになれないね。」
“か”と“む”じゃ離れ過ぎてるもんなあ……
海馬くんのサッカーしてるところが見られるのは嬉しいけど。
「随分楽しそうだな。」
「うん、海馬くんと一緒にサッカーするの楽しみなんだ!」
「……何?」
ボク、何か変なこと言ったかな?
いつもは学生っていうより海馬コーポレーションの社長ってイメージが強いから、クラスメートとして一緒に授業を受けてると、すごく身近に感じられるから。
「……」
「……」
変な沈黙が流れる。
せっかく会えたんだし、もう少しいろんな話をしたいんだけど、タイミングがつかめない。
「……遊戯。」
「……な、何?」
「……途中まで送ってやる。」
「……え?」
「それとも、まだ学校に用があるのか。」
「ううん、ないけど……」
「ならさっさと来い。」
∞∞∞∞
「……」
「……」
海馬くんの車の中。
やっぱり、話しだすタイミングがつかめない。
後部座席の両端に、微妙な距離をおいて座ってるせいもあるけど。
それに、さっきから書類とにらめっこしてる海馬くんの邪魔はしたくなかった。
「ふう……」
息をついた海馬くんに、今しかないと思って話しかける。
「やっぱり、社長の仕事って大変?」
「……」
って、そんな当たり前なこと聞いてどうするのさ!
ああもうボクのバカ!
「……大変だとは思わん。社長の務めならば果たすのは当然だ。」
「……そっか。」
「それに、計画を実現させるためにも立ち止まるわけにはいかない。」
(……世界海馬ランド計画、か。)
海馬くんとモクバくんの夢。
“世界中に遊園地を造って、子供達に無料で開放する。”
実現できたらとても素敵なことだと思う。
でも、かつて軍需産業を展開していた海馬コーポレーションには敵が多いのが現実。
海馬くんもモクバくんも、頑張り過ぎるくらいに頑張ってることをボクは知ってる。
……知っているのに、何の力にもなれない自分の無力さが歯痒い。
「ボクにも何か手伝えればいいのに……」
「何?」
「あ、えっと……計画の実現の手伝いができたらなって思ったんだ。」
「……」
や、やっぱり、呆れてるのかな……
「でも、ボクにできることっていったら応援する事くらいしかないんだけどね。」
そう言って苦笑した。
「……いや、充分だ。」
「え?」
「オレ達の夢を理解している、それだけでも充分だ。」
そう言った海馬くんの表情に、思わず見入ってしまった。
だって、こんなに穏やかで優しい表情の海馬くんは見たことない。
「……この辺りでいいか?」
「……え?…あ、うん、どうもありがとう。」
車はいつの間にか、ボクの家の近くまで来ていた。
「じゃあな。」
「うん、また明日。」
走り去る車を見送って、ボクも歩きだす。
すぐにいつもの海馬くんに戻ったけど、一瞬見せてくれたあの表情が頭から離れない。
(なんだろ、この感じ……)
今と似たような感覚を、前にも感じたことがあったような気がする。
(そうだ、杏子に初めて会った時だ。)
小さい頃のボクは友達がいなくて、いつも一人だった。
そんな時、近所に引っ越してきた杏子が友達になろうと言って笑いかけてくれた。
(嬉しかったな、あれは。)
少し強引に、みんなの輪の中に引っ張り入れてくれて、なんだかんだ言って側にいてくれた。
(思えば、杏子がボクの初恋だったんだよね。)
今の杏子は、もう一人のボクに好意を寄せてる。
それはボクもわかってるし、二人が仲良くなってくれればボクも嬉しい。
かつてのボクの初恋は、夢に向かって努力している杏子への“憧れ”という形に落ち着いた。
(あれ?ちょっと待ってよ、何でこんな……)
そうだよ、海馬くんのことからどうして杏子への初恋のことになるんだよ?
(そりゃ、確かに海馬くんには憧れてるけどさ?)
少し違いはあるけど、杏子も海馬くんもボクにとって憧れの存在なのは確か。
(だけどなんか違う、そうじゃなくて……)
海馬くんへ向かう感情に、憧れ以外の何かが混じってる。
それも確かで。
……
……この感情は、何?
「おぉ、お帰り遊戯。」
「あ……ただいま、じいちゃん。」
気がついたら家の前で、じいちゃんが迎えてくれた。
……まあ、いっか。
海馬くんに憧れてるのは本当だし。
憧れの中に混じってる感情が何なのか、わからなくても問題ないって。
……ないはず、だよね?
それは、かつて幼なじみの彼女に向けていた感情に酷似したもの。
“憧れ”という感情に覆い隠されたそれ。
それが何なのか、彼はまだ気付いていない。
それが“恋”と呼ぶべき感情なのだと。
END
あとがき。
表くん恋心自覚前の小説でした。
社長に向かう感情は“憧れ”だと思い込んでるから、社長への恋心に気付くには時間かかりそうだ。
でも、なんか、無駄に長くないかコレ?
恋心自覚前社長編はもう少しすっきりしてたような……
ちと詰め込み過ぎたか……
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