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あの青い夏(阿部/切?)
「負け、た」
私の呟きのような言葉は喧騒の中に掻き消えた。
応援席にむかって挨拶をする球児達を見て自然と視界がぼやける。泣いてはいけない、と私は思った。きっと彼は泣いてほしくなんかないだろう。だって泣きたいのは彼のほうなんだから。
試合が終わったあともミーティングやら病院やらで私は彼と、阿部と話すことができなかった。
だからメールでたった一言「お疲れさま」とだけ送った。
夜になって返ってきたメールに私は家を飛び出した。
「阿部!」
「おう。…わりいな急に呼び出して。親平気だったか?」
「うん、大丈夫。阿部こそ怪我は…?」
「こんなのどうってことねえよ」
そっか、と私は微笑んだ。強がる元気があるならいいんだ。
「今から会えるか」の一言で阿部の家の近くの公園まで自転車をとばしてやってきた。阿部は特に話したいことはないようだけどこうして会えただけでよかった。
時々ね、
阿部の中に私が踏み入ってはいけないところがあるの。それはいつも野球で。
もしかしたら阿部はしばらく私と話さないかもとさえ思っていた。彼のプライドが許さないような気がしたから。
負けたという事実を、私の前で確かにするのを。
「…負けちったな」
「…うん」
「応援、さんきゅな」
「うん」
「また次の大会にむけて練習すっからしばらくこういう時間とれねえかも」
「うん」
さっきからうんしか言ってねえぞ、と阿部は呆れたように笑った。そんな阿部の顔を見て思わず彼に抱き着く。
阿部が「名字?」と私を呼ぶ。
ああ、泣かないって決めたのに。
「阿部、お疲れ、さま…っ」
「…」
「すごかったよ、頑張ってたよ、私こんなことしか言えないけど、で、でも本当にすごかったの」
「…名字」
「阿部は、頑張ってた、から…!」
「馬鹿」
阿部は片腕でぎゅっと私を抱きしめた。阿部の顔が私の肩の上にのった状態で、阿部は私の耳に囁く。
「絶対誰にも言うなよ」
何のことだろう、と思ったけどすぐにわかった。阿部の肩が震えている。時々もれる嗚咽。
阿部が、泣いている。
「阿部…っ」
「怪我しねぇって…三橋、に言ったんだ…っ」
「うん」
「なの、に…」
「うん」
阿部の頭をそっと撫でた。
微かに残る汗のにおい。終わったんだ、阿部達の、1年の夏が。
頑張って。違う。また来年があるよ。違う。
言葉が見つからないよ。
「…もっと」
黙って言葉をさがす私より先に口を開いたのは阿部。
もっと?と聞き返す。
「もっと強くなりてえ。もっとうまく、」
「…っうん」
きっと阿部はこれから今まで以上に野球に没頭するんだろう。そして私は妬いてしまうんだろう。
それでも私は言う。
だって私は何か頑張っている阿部が、野球やってる阿部が大好きだから。
「阿部なら大丈夫だよ」
あの青い夏
西浦の監督さんが涙を流すことで悔しさを忘れてしまうと言っていたそうだ。けれど俺は絶対に忘れない。阿部はそう言った。
0622
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