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悪夢のはじまり(白蘭/?)
僕はパラレルワールドの存在を知った時から、この世がなんて陳腐で、そして虚構に包まれているんだろうと落胆した。
しかし普通の人間とは違って僕はパラレルワールドがあることは知っているのに、何かアクションを起こす力をマーレリングを手にするまではもっていなかった。
だから、とても無味乾燥な日々を送っていた。
そんな日々に彩りを与えてくれたのが彼女、名前だった。名前は優しく、清らかで、誰より“白”を体現していた。そして何より、彼女はどのパラレルワールドでも会ったことがなかったのだ。まさに彼女に会えたことは奇跡―大袈裟でもなんでもなく、それは事実だった。
「ねえ名前チャン」
「うん?」
緑がきらきらしてて、青い空がとても近い草原で、僕は名前チャンの膝の上に頭を乗せ名前チャンとその後ろの空を見ながら語りかける。
「僕はね、この世界が、ううんすべてが偽物に思えてならないんだ。これって悲しいコトだと思う?」
「…どうかな…。白蘭は、悲しい?」
「ふふ、わかんない。僕にとってはこれが当たり前だから。それに僕はね、何かこの嘘の世界を変える力なんてないんだ。結局僕も、ちっぽけな人間の1人というわけさ」
「でも私はそのちっぽけな白蘭が好きだよ」
「ちっぽけなのがいいの?」
「優しくて、繊細で、そんな白蘭だから好きなの。力なんていらないから…今の貴方が私は好き」
不思議な女性だった。僕のことを優しいだとか繊細だとか、そんなの君の方だよって言いたかったけど、名前チャンは弱そうにみえて芯の強い女性で、自分で決めたことはとことん貫く人だった。
僕が力を手にし、多くの世界を支配してきた時も、彼女は…
「白蘭、どうして?どうしてこんなこと…っ」
「僕は力を手にしたんだよ、名前チャン。おいで。一緒に行こう。2人で、幸せになろうよ」
「こんなの、こんな力で制圧したような世界じゃ幸せにはなれないよ、白蘭…!」
泣かないで。どうして泣いちゃうの?僕はすべてを手にしたんだ、君が欲しいものはなんだってあげられるよ、だからねえ、ほら
「白蘭様」
「名前様が、お亡くなりになりました」
部下の報告がすとんと心に落ちる。失踪してしまった名前チャンを捜し続け、見つけた時は彼女はすでに死んでいた。パラレルワールドには存在しない彼女の情報は集められないため、見つかるのは苛々するくらい遅かった。
名前チャンは小さな村の教会に身を潜めていた。話では、生きる気力をなくして命を落としたらしい。身ごもっていた、なんて今更だけれど。
僕は、
言葉にはできないほどの
絶望を味わった。
僕にとって彼女はすべてだった。彼女が隣で笑ってくれていたからこのどうしようもない世界で生きていられた。力を手にした今も、彼女には無条件に僕の隣を空けていた。
どんな女が寄ってきても、僕には彼女だけだ。裏のない、屈託のない笑顔で笑っていて欲しかった。それこそ陳腐だけど、愛しくて堪らなかった。
かわりなんてない存在。それは言葉通り。彼女はもうどこにもいない。二度と会えない。
死体を見たって、その瞳が僕を見て、その顔が笑って、その唇が僕の名前を紡いで、その腕が僕を抱き返してくれなきゃ意味がない。どんなに技術が発達しようと死んだ人間は生き返らせることはできない。
力を手に入れたかわりに、
僕が失ったものは酷く大きなものだった。ねえ、君の前なら僕は嘘じゃなく笑っていられたのに。最近じゃ嘘ばっか並べて生きてるよ。名前チャン、ねえ、名前。
息をのんだ。呼吸を忘れ、僕の周りに群がってくる人間も、陽気に流れる音楽も何も僕を遮ることはできなかった。
僕が見ていたのはただ1人、そう彼女―
「こんにちは、いやこんばんはかな?」
「?ふふ、こんばんは。ええと、あなたはジェッソの…」
「白蘭」
「白蘭、さん。私はボンゴレファミリーの沢田名前です。…あの、あそこで人に囲まれてるのが、」
苦笑気味に、愛おしそうに目を向けた先にはススキ色の髪をした男。
「ボンゴレファミリー十代目、沢田綱吉です」
「ふぅん…君達ってどんな関係?」
「どんな…?姉弟、ですよ」
「そっか」
不思議そうに小首を傾げたあと彼女はにこっと笑った。それはあの世界の彼女と同じ。
「やっと見つけたよ、名前チャン」
会場の隅で、多くの人間に声をかけられながら笑う名前チャンを見て、僕は笑みを浮かべた。
必ず、
必ず
手に入れるからね
だからまず、君の大事なボンゴレを消そうか。
ボンゴレ狩りのきっかけ…みたいな
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